ココロ電波
 見せびらかすつもりがなかったと言えば嘘になる。

「わあ、いいなぁ、携帯買ったのー!?」

 鞄からとりだしたそれを、仲のいい友人はめざとく見つけて声をあげた。
 そこにあるのは、少々古い世代の携帯電話。
 新規0円、なんて採算がとれるのかわからない値段で店頭にあるタイプだ。
 それでも着メロは何十和音だかだし、画像も綺麗で写真も撮れる。
 データを保存する小さなディスクまでついているのだから、文句を言えばバチがあたりそうだ。

 早速いくつもつけたストラップやキーホルダーが、しゃらん、と金具のすれる音を立てる。
 新しいものに目がないクラスメイトの何人かが、ぞろぞろと彼女の机に群がってきたので、友人に見やすいように、携帯のむきを変えてやる。

「いいなぁ、しかも色もかわいいね」
「……そう?」

 色は薄いシルバーピンク。
 実はこれしか在庫がなく、自分はもっと格好いい色、たとえば黒などがいい、
 と最後までごねたのだが、それを言うのもなんなので黙っておくことにした。

「でもよく親が買ってくれたねー」

 学生の身で携帯を持つとなると、大抵料金は親持ちになる。
 そのため、大体の親はいい顔をしない。
 しかし彼女たちにとって携帯を持つことは一種の憧れでもある。

「ほら、うちオヤが家にいないこともあるから」

 簡潔ではあるが説得力のある言葉に、友人らが納得した表情になる。
 家の電話がいくら高機能でも、そこにひとがいなければなんの意味もない。
 その点携帯なら、どこにいようと電波がある場所ならなんとかなる。
 たとえその時仕事中でも、着信があれば折り返し連絡もできる。

「でもさー、上限設定されてるんだよね。
 だから使いすぎると電話とかできなくなっちゃうらしい」

 まだ慣れぬ手つきで携帯をいじりながら、不服そうに口を尖らせる。
 保護者にしてみれば払うのは自分たちなので、当然の処置ではあるが、
 子供たちにしてみれば制限されるというのはありがたくない。
 けれど親に文句を言えば、全額払えと返されることもわかっているので、
 不満のはけ口は結局友人相手というわけだ。
 その言葉に、携帯を持つ何人かは、同情する表情で声をかけた。

「しょーがないよ、なんかあるとつい使っちゃうしさ」
「うん、私も1万越えちゃってすごい怒られたし、限度あったほうがいいって」

 先達からのセリフなだけに、含蓄がある。
 少々悔しいけれど、言われることはもっともなのでおとなしくうなずいた。

「あ、じゃあさ、メアドもあるの?」
「うん、アドレスとったよ」

 携帯に最初からついていたメールアドレスは適当な英数字で、
 そのまま使いたいとはどうしても思えなかった。
 設定変更は最初は手間取ったが、そこは若いからか、
 1時間もすれば先に持っている両親よりも操作がはやくなった。
 まだキーを打つ手は遅いけれど、それもしばらくすれば慣れるだろう。

「じゃあ教えて、電話よりは安いしさ」

 何人かが携帯をとりだして、アドレス交換をしあう。
 学校内への携帯持ちこみは禁止なのだが、そこはそれ。
 休み時間が終わり先生がくるまでに、結局男女何人かのメアドを手にいれた。

 携帯を使い慣れた子たちは、授業中もこっそりメールをしている。
 だが、もしばれれば1日以上の没収になってしまう。
 親に連絡がいって、初日で使用禁止になるのも嫌なので、
 音を消した状態にして、鞄の奥底に携帯をしまいこんだ。

 そして放課後、特に用事もなかったので、寄り道もせず家に帰った。
 自分の部屋にもどり、面倒だなと思いながらも制服をハンガーにかける。
 Tシャツにジーンズと楽な格好に着替えたところで、鞄から携帯をとりだした。

 外側の小さなディスプレイには、今の時間が表示されている。
 蓋に手をかけ、ぱちん、と小気味いい音とともに携帯を開く。
 待ち受けに出てくるのは、携帯のカメラで面白がって撮ったクマのぬいぐるみ。
 特に着信もメールもなく、上下にアラームや、ネット接続を示すマークなどが並ぶ。

 ここでひとつボタンを押せば、この小さな機械は世界中の情報を手にいれられる。
 番号やアドレスさえ知っていれば、遠く離れた顔も知らない誰かとつながってしまう。

 そう考えると、とてもわくわくした。
 自分はこの狭い部屋の中にいながら、世界中にアンテナを伸ばしているのだ。
 それはなんて素敵なことだろう。

「……でも、なぁ」

 しかし直後、その表情は翳りを帯びてしまった。
 ぼそりと呟くと、彼女はどさっとベッドに寝転がる。
 クマのぬいぐるみを押しのけて自分の居場所をつくると、携帯をいじり、アドレス帳画面にした。
 今日だけでずいぶん増えた「友だち」の欄を順に見て、その一人で目が止まる。

 折り畳めば片手に入りそうなコンパクトな携帯。
 でもそこからひとたび発信すれば、世界中にとどく電波。

 だけど、どんなに電波が伸びても、アンテナが高性能になっても。
 自分がそれを使わないことにはどこにもつながらない。
 待っているだけでは、やってくるのは友人たちや親からの普通の用件だけ。
 それはある意味当たり前だけれど。

 やおらきっとした顔になると、アドレス帳からメール画面に切りかえる。
 そして文字を打とうとしてみるが、
 頭の中にはなにも浮かばず、結局ぽいと放り出してしまった。

 アドレスを知っていたって、自分に度胸がなければこんなものだ。
 どさくさに紛れてアドレスをもらおうという計画は成功したけれど、
 メールを送ることはできそうにない。
 そしてあちらはと言えば……性格からして、用事がなければ送ってこないだろう。
 だが自分と相手の間に、メールを送る必要のある案件ができる可能性は、とても低い。

「でも、いつか」

 横目で携帯を見ながら、呟く。
 陽気の暖かさと自分の部屋にいる安心から、ゆっくりと瞼は重たくなっていく。
 半ば夢を見ている気分で、うっすらと笑みを浮かべた。

「いつか、メールを交換できれば……いい…な……」

 アイツと、できれば特別な関係として。
 そうできればいいと、願った。


−終−

初出:2005.11.11

>>戻





 ココロの詩は恋する女の子って感じでかわいいです。
 それを自分の中では忠実に書いたような……
 携帯の番号交換は簡単にできますけれど、いざかけるのは勇気がいります。