議題:病気の時、部屋が広いのは何故か


 熱に浮かされていると言うのに、いや、だからなのか、益体ないことを思いつく。
 ワンルームマンションだけれど、まだ新しいこの部屋は、大学生の独居にしてはいいほうだ。
 さほどものを置いてもいないから、雑然とした印象もない。
 ロールブラインドでしきっているので、入ってすぐに部屋につながるつくりでも、ベッドが見えることもない。
 それでもレポートの〆切やテスト間近になればあたりにプリントが散乱するし、図書館があるから不要とは言え、大きな本棚などは置けない。
 捨てられずにいる子供時代のものはすべて実家にあるから、逆を言えば遊び心に欠ける。

 もう一部屋あれば寝室と別にできるのに、とか、勉強用の机と本棚が置けるのに、とか、不可能ではあってもそんなことを考えるのが常のこと。
 だのに今こうして、漫然とベッドに横たわり、開けたブラインドから見る部屋は、ひどく広い。
 そして、暖房をつけているはずなのに、奇妙に寒かった。

 弱気になるのは大嫌いだが、この時ばかりは少々鬱屈してきてしまう。
 口もとに手をあてて、咳をひとつ、ふたつ。
 合計よっつ。数えるのもばからしいが、他にすることもない。

 熱があるので本を読むわけにもいかないし、かと言って十分すぎるほど睡眠をとっているので眠気もない。
 そうなるとできることと言えば、くだらない考えごと程度。
 それも、思考回路が鈍っているため、お世辞にもまともではなく、体調が治ってしまえば忘れ去られてしまうようなもの。
 たとえそうでも、今の当人にはとても重要なテーゼに思え、彼女は大まじめに議題について考える。

 自分が眠っているせいで天上が高いから。
 動いていない上に、眠る時は閉めているブラインドが開いているから。
 閉じこもるような感じになるのが嫌で、カーテンを降ろしていないから……

 ぼうっとした頭は一度考えたこともすぐおぼろになり、何度もなんども繰り返す。
 ただ思考するだけだというのに、ずいぶんと労力を使った。
 それでも納得のいく答えが出なくて、しっくりしなくて、咳をあいまに挟みつつ思考は流れていく。
 普段であれば一笑するようなことだったが、彼女は真剣にその、推察とも呼べないものに集中していた。

 ……と、その耳にがちゃん、と鍵の音がとどいた。
 ヒーターのファン以外なにも聞こえない静寂の中、それはひどく異質に、重苦しく響く。
 判断の遅くなった脳が、合鍵を持つものは一人しかいないことを告げ、無意識の緊張を解いた。

「シェル、元気?」

 アルトの声がむこうからきこえてくる。
 甲高くないそれは、響く頭にさほどのダメージを与えないので、ありがたいと少し思う。
 一定のリズムで足音が近づき、ひょっこりと顔があらわれた。
 心配そうにベッドわきに椅子を持ってきてすわる相手に、むすっとした声で言う。

「……いいように見えるワケ、アンタは」

 常と同じ皮肉な調子は、いつもより50%威力ダウン。
 咳でかすれた声はいつものそれとはまったく違って。
 目を瞬いた彼女は、それから不意にきゃあと叫んだ。

「シェルってばその声すごい色っぽい!」
「…………」

 ミーハーとしか言いようのない歓声をあげた友人に、低いひくい声でぼそりと一言。
 女の子が使っていいとは言えない俗語を聞き、クリスはひゅっと笑顔をひっこめる。

「……ご、ごめん、つい」

 神妙な顔で深々と謝るのは、怒った彼女の恐ろしさをよく知っているから。
 彼女はひとつ息をつこうとして咳こむ。
 慌てて背中をさすってくれる手を感じながら、ゆっくりと喋りだした。

「今のあたしは、アンタの、フザケたセリフに、
 ……ツッコむ余裕も、ないってわかってる、クリス?」

 見上げたブラウンの瞳は翳りを帯びていつもの鋭さを欠いていたが、それでも十二分に迫力があった。
 これ以上機嫌まで悪くなられては困るので、クリスは手に持っていたバッグをかかげてみせる。

「まあまあ、これ、お母さんにつくってもらった食事。
 起きれる? あたためてくるよ」

 その言葉に、シェルは億劫そうに半身を起こす。
 普段であれば誤魔化すなと言うところだが、そうするだけの気もなかった。
 寝ていたために、腰までの長い金髪がかなり悲惨なことになっていて、シェルは無意識に舌打ちする。
 いつもは気をつけて眠るのだが、現状ではそこまで頭もまわらない。
 こんなことなら、切っておけばよかったと胸中で毒づく。
 何度もそうしようとしたが、そのたびクリスに泣きながら止められたのだ。
 そんなシェルに、ちょうどのタイミングで声をかける。

「あとで髪の毛、なおすから、とりあえずコレ着て椅子すわろ?」

 勝手知ったるワードローブから毛糸のカーディガンをとりだして、肩にかける。
 パジャマと同じ薄い紅色を選ぶあたりが流石だった。
 加えて彼女の一連の動作はごく自然で、野暮ったいところがない。
 黒髪緑目で美形な外見と合わせれば、そのへんの女性はみな腰砕けになるだろう。

「……つくづくアンタが女でよかったわ」

 恭しく手をとり椅子まで導くクリスに、顔は大真面目に、口調は呆れたそれで言う。
 言われたほうはいつものことなので、にっこりと綺麗に笑うだけだ。

 そうして椅子について、温まった食事が机の上に並んで。
 先刻まで部屋の広さを感じなくなっていることに気づいた。

 食器のふれあう音、クリスの好きなテレビ番組、……さして大きくない音たちが、この部屋中にあふれている。
 設定温度をあげても寒かった部屋は、クリスによってさげられたけれど、まったくそんな感じはしない。
 前を見れば、彼女の長身はすとんと椅子におさまっている。

 ……たったひとり、加わっただけなのに。

 大事な親友だからとかそんな科白は、言う性格でもないので言わないけれど。
 きっと今は病気だから、いつもよりそう感じるだけなのだろうけれど。

 部屋が広く思えたのは、大事なピースがたりなかったから。
 きっとそんな理由なんだろうと、結論づけた。





 クリスとシェルという、女同士の友情ものです。
 なんだか妙な二人組ですが立派に女です。
 病気の時の気持ちとかを書きたかったもの、……私の病気中に(笑

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