いつも、赤


 今年の桜は遅咲きだと、出がけに聞こえてきた天気予報。
 その言葉どおり、今日の桜の様子は満開にはほど遠かった。
 気のはやい蕾がいくつか開き、花びらをこぼしている程度で、全体にピンクになるのはまだ先だろう。
 入学式と言えば桜の花道と言うけれど、自分と一緒に桜も咲いていくのなら、それも悪くはない。

 新しい制服に居心地の悪さを感じながら、彼、阪井 歩は正門をくぐった。
 受験の時にはテストに頭がいっぱいで、周囲に目をやる余裕はなかったけれど、こうして見ると校門はずいぶん昔からのものらしい。
 重厚なつくりは今に合わないような、逆にここが学校という特殊な空間であることを示しているような、そんな気がする。
 一歩踏みこめば別世界、音も光もなにもかも、瞬間に雰囲気を変えたようだった。

 まだ朝の八時になるかならずやの時間帯のため、新入生はあまりいないらしい。
 時間配分がつかめなかったために、ずいぶんはやく到着してしまった。
 明日からはもう十分遅らせてもいいかもしれない。
 そんなことを考えながら、下駄箱までむかう。

「下駄箱前にはりだされたクラスわけを確認し、
 自分の名前の書かれた靴箱に靴を入れて、入学式まで待機するように」

 入学に関してのプリントに書かれていた説明。
 正門から下駄箱までは大きな道を通ればいいので、迷うこともない。
 周囲は教職員の車がきちんと整頓して並び、手入れの入った花壇がある。
 正門を囲んでコの字型の校舎の奥には、そこそこの広さを持つグランドと裏門。
 この学校の体育館は地下にあるため、地上からはその姿は見つけられない。
 大きく張りだされた模造紙は、遠くからでもよく見えた。
 思わず、足がはやくなる。

 自分の名前を捜す、と言うよりは、一体どんな誰がいるのだろうか、そんな気持ちでAクラスから順に見る。
 名前だけを読んでも、どこの誰かわからないけれど、まだ知らぬ誰かや学園生活への期待は、否応なく高まった。

 自分は、Aクラスではないらしい。
 目は自然とBクラスへ流れていった。

 Bクラスのサ行を見ても、自分の名はない。
 阪井、はわりとサ行のはじめにあるので、探しやすいのはいいなとふと思った。
 それでもなんとなく綴りを追っていた歩の目が、ある部分で釘づけになった。

 吉井 啓介

 どこにでもある、ありふれた名前。
 けれど歩には、その名はとても馴染みのあるものだった。

「……マジ……?」

 無意識に呟くと、

「バカかお前、学校のクラス表示が嘘つくわけねぇだろ」
「うわあああぁっ?」

 合いの手でもここまで即座にはそうこないだろう、というほど絶妙のタイミングで声をかけられ、素頓狂な声をあげる。
 ……が、予測していたらしい誰かが素早く口を塞いだため、周囲の生徒からの注目はさして浴びずにすんだ。
 驚きに目を瞬きっぱなしの歩に、彼は声を遮断していた手をどける。
 彼、啓介は、小学校からの友人……悪友だ。
 同じクラスになったことは最初だけだが、そのあともなんとなく関わりを持っていた。
 親友と呼べるほどには密ではなく、知人と言うにはよく知っている、そんな具合。
 中学時代はクラスも部活も違ったために、少し疎遠になっていたけれど、彼の様子は相変わらずのようだ。

「な、なんでここにいるんだよ、啓介」

 いつまでたってもなにも言わない相手に、痺れを切らして問いかける。
 途端、あからさまに白い目をされた。

「何でって、この高校に入学したからに決まってんだろ、やっぱお前バカだな」

 斜め上から見たセリフにむっとするが、深呼吸をひとつ。
 ここでつっかかっていては本題に入れない。

「そうじゃなくて、お前の家からは正反対だろ?
 なんでわざわざここなんだよ」

 彼らの通っていた中学の学区内とは言え、この高校はかなり外れにある。
 偏差知の近い高校が他にもあるため、ここを希望する生徒はほとんどいない。
 まして記憶が正しければ、啓介の家は中学を挟んで高校と真反対だ。
 自転車通学が許されるとは言え、わざわざ選ぶのは物好きすぎる。

「お前の家だって似たようなもんだろ?」

 数回家を行き来しているので、勿論啓介も歩の家を知っている。

「おれは、……サッカー部に入りたいんだよ」

 少し躊躇ったあと、そう告げた。
 この高校は、学区内では一番サッカーが強い。
 と言っても県内大会などで勝てるほどではない「ちょっと強い」程度ではあるが。

「……なるほど」

 納得したように頷くと、啓介は苦笑いを浮かべた。

「ちゃんとした理由があるなら最初に言えよ。願書間違えたのかと思ったぞ」

 しかし自嘲めいた顔も一瞬で、そのあとにはまた憎まれ口がすべりだした。
 そこまで子供じゃない! と叫ぼうとして、ふと論点をすりかえられていることに気づく。

「俺の理由はわかっただろ。じゃあ啓介はどうなんだよ。
 お前こそ願書間違えたんじゃないのか?」

 仕返しとばかりに意地悪な顔をしてみせるが、彼はどこ吹く風。
 肩にかけた鞄を持ち直して、ついでに半フレームの眼鏡を直す。
 さほど目は悪くないはずだが、彼はいつからか眼鏡をかけるようになっていた。
 そのため、顔だけ見れば優等生のようだ。
 ……喋れば、悪口のほうがよく出てくる有様だが。

「おれは中学時代の連中がいないところを選んだんだよ。
 どうせなら新しくはじめたいし」

 心機一転、という意味では、たしかにいいかもしれない。
 ざっと見渡したところ、他に知人はいないようだ。
 一度もクラスメイトにならなかった誰かがいる可能性はあるが、それは啓介のいう連中には入らないだろう。

「でも……友だちとかさ、」
「別のガッコなだけで切れる関係なんていらねぇよ」

 一人もいないと寂しいんじゃ、と呟きかけた言葉は粗野な反論に打ちきられる。
 しかし言うことはいちいち最もなので、返す文句もない。
 それでもなんとも言えない寂しさを感じて、歩はなおも言い募ろうとする。
 そんな彼の性格を知っている彼は、彼の顔から目線を少し下にずらして、

「ところで歩」
「なんだよ」

 偉く真剣な表情の啓介に、思わず居住まいを正す。
 そんな彼に、顎の下あたりを指さしながら、告げた。

「ネクタイぐらいちゃんと結べよこの不器用」
「……っ、入学早々できるかー!」

 今度は口を塞がれなかったので、かなりの大声が響きわたった。
 なにごとかと数人が目をむけてくる。

 この高校の制服はブレザーで、ご丁寧にネクタイまでついてくる。
 公式行事以外でもなるべく締めるように、とされている。いわく、今後役立つから、だそうだ。
 一年生はまだまだ規律を破る余裕もないので、全員きちんと締めてきている。
 と言っても半数以上は締めかたを知らず、両親に教わったり、締めてもらっているのだが。

 ご多分に漏れず歩もネクタイを締められず、ここぞとしゃしゃり出てきた父親に教わったのだが、相当いびつなものになっている。
 逆に啓介のネクタイは申し分なくきっちりとしており、そして彼の性格から自分で締めたに違いなかった。

「入学までにいくらも練習できただろうに」

 呆れた様子の啓介に、不機嫌な顔を隠しもしない。
 たいしたことはないとタカをくくっていたのもある、なんて、バレたらもっとバカにされるだろう。

「すぐにちゃんと締められるようになってやる!」

 負けず嫌いの見本セリフのようだと思ったが、他にしっくりするものが浮かばなかった。
 公言され、啓介はふと表情をゆるめてくすくすと笑う。
 それも今の彼には余裕の笑みにしか見えなかったけれど。
 いくらか口調を柔らかくして、彼は腕時計を目で追いながら言った。

「まあ、期待してるぜ。
 ……そろそろ教室に行くほうがいいだろ、ちなみにお前はC組な」

 慣れない学校なのだから、早めに席についていて悪いことはない。
 啓介らしい黒いベルトの腕時計を覗きこんで、ずいぶん長く話していたことに気づく。
 異論はなかったし彼がクラスを間違えて言うこともないと確信していたので、おとなしく一緒に下駄箱へむかった。

 そうして彼らの学生生活は、中学時代とあまり変わらない様子で幕を開けた。





 十八番タブーさん三周年記念だったもの。
 なにげに初オリジナルBL……なのですが、
 くっついていないのでBLとは表現できない気がします。

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