日常のように


 レポートの資料を読んでいると、カン、カン、と鉄の階段を踏む小気味いい音が聞こえてきた。
 部屋の前の階段は結構音が響くため、夜間にやられると大層顰蹙を買う。
 三階という中途半端な階なので、エレベーターを使う人もいれば、階段を使うのもいて。
 だが、この時間、こんな調子よく階段を上がってくる奴は……俺の知る限りでは一人だ。
 しばらくすると案の定、インターホンの音。
 俺は受話器をとりもせずに扉に向かい、ドアを開けた。

「よっ、金城」

 満面の笑顔をして、片手をあげて挨拶するのは、風間。
 俺もよう、と短く答えて、部屋の中に招き入れる。
 風間の左肩には、いつもように中身の入ったバッグ。

 彼は、同じ大学の同学年だ。
 ……とは言っても学部は違うので、構内でもそうそう顔を見ることはない。
 ではどうして家にくるまでに至ったかと言えば、風間の両親が経営する店が、俺の行きつけだったからだ。
 味つけも濃すぎない、食材も豊富で、値段も手頃な総菜屋。
 大学帰りにふと道を変えて歩いた時に発見して以来、通い詰めと言っても過言ではないほど利用している。
 店員の顔はそれほどよく見ていたわけじゃなかったが、唯一若いのが、同じ大学の生徒だということは曖昧な記憶に残っていた。

 そして二ヶ月前、風間から話しかけてきたことによって、俺たちは「同じ大学の生徒」というだけの関係から、「見かけると声をかける」関係になった。
 風間は最初は遠慮がちだったけれど、それは俺が人を遠ざけているように見えたからだ、と後日言われた。
 面倒だからそういう関わりを持たなかっただけで、気にしない旨を伝えると、瞬間表情が明るくなったのを、よく覚えている。
 ……おもしろいくらいに顔が変わるので、見ていて飽きない。
 俺はあまり感情を表に出さないから、風間といると自分がしない気持ちの起伏を、代わりにやってくれているような感じだった。

 決して真面目なだけの生徒ではなくて、けれど、さぼりもしなくて。
 不器用に一生懸命で、からかうと本気でつっかかってきて。
 いつのまにか俺から話しかけることも多くなった。

 話題は日常のことが多いけれど、同じくらいの割合を占めるのは、料理に関して。
 つくることはあまりしない俺だが、味にはうるさい自覚がある。
 おかげでこの大学の学食はほとんど利用できない。
 美味くない料理を食べるくらいなら、パンでも買って囓るほうが余程いい。

 風間は料理の本を持ってきては、試作品のアイディアを求めてくる。
 曰く、大学近くという場所を生かすために、若者向けの食品を増やしたいのだと言う。
 彼の両親はどちらかというと独居老人用をメインにしているので、今の商品は半々と言ったところだろうか。
 俺の意見を聞いて役に立つのかはわからなかったが、それで店にいいものが並ぶなら、客としては文句などない。
 自分が食べたいものや味つけなどを、思いつくたびに教えていった。

 そうこうするうちに、昼休みに試作品として弁当を持ってくるようになった。
 俺としては昼食に彩りができるので大喜びした。……顔には出さなかったが。
 試作だからと材料費も断られて、俺はただでおいしい弁当にありつけた。
 風間のつくる料理は俺の好みに近くて、あまり得意じゃない食べ物も平気になった。
 ……そういえば、嫌いな食べ物があると知った時のあいつの姿はちょっと見物だったな。

「ええっ、金城ニンジン嫌いなのか?」

 大仰に驚いて、それから、なんだか親近感、と笑ってた。
 ……余程俺は完璧に見えるらしい。
 別に俺だって嫌いなものや苦手なものはあるんだが。
 そのあと何度か弁当のおかずにニンジンが入っていて、どうすれば一番気にならずに食べられるかを気にしてくれていたらしい。
 苦手だからと言って食べないことはないと言うと、けろっとした顔で、でも、と言った。

「どうせならおいしく食べたいじゃないか。
 そうできるんなら、そうするほうがいいだろ?」

 当たり前のことをこういうふうに言えるこいつは、正直すごいと思う。
 そしてそれを実行にうつせるだけの料理の腕も。
 そうこうしているうちに、風間がこんなことを言いだした。

「なあ、金城ってひとりぐらしだよな?」

「ああ、それが?」

 俺の実家は少し遠く、また家族との折り合いもあまりよくないので、大学から独居している。
 夕方から夜のバイトと、奨学金があるので、とりあえず苦労はしていない。
 俺の返答に、風間は少しの間沈黙する。
 これは、こいつが何か言いたい時の癖らしい。
 別に気兼ねしなくてもいいと思うんだが……

「今度さ、夕飯つくりに行ってもいいか?
 毎日できあいじゃ、つまんないだろ?」

 かなり間を置いてからの科白に、俺はちょっと目を見張った。
 夜のコンビニバイトは、時給はいいが食事にはありつけない。
 だから風間の店で買った夕飯を早めに食べて、バイトに行くのが常だった。
 自分が料理をしないのだから、つまらないと言うのもおこがましいと思っている。
 ……が、だからと言って手料理を食べたくないわけではもちろんない。

「……まあ、確かに、手料理のがおいしいけど」

 こいつの腕のよさはわかってるが、未だに出来立ての料理を食べたことはない。
 どれくらいうまいのか、興味はあったが、そこまで甘えるには抵抗があった。
 風間の家は幸い俺のアパートからさして遠くなく、急行を使えば15分程度だが……
 遠慮している俺に、風間は考え考え言葉をつくっていく。

「えっと、べつにおれ男だから、夜遅く帰ってもオヤ心配しないし。
 いつも友人ができあい食べてるのは……そりゃウチの店のだから、味は保証するけど、でもつまんないし。
 おせっかいだから、そんな気にしないでほしいんだ」

 なかなか無茶を言うと、俺は心の中で思う。
 だが、魅力的な申し出であることに変わりはない。
 食欲魔人とは言わないが、うまいものをみすみす逃す気にもなれず、なにより風間との時間は人付き合いの悪い俺には貴重でもあって。
 とうとう俺は笑い出してしまった。

「な、なんで笑うんだよ!?」

 ワケわかんないよ、とむくれる風間に、俺は両手をあげて「降参」した。

「いや、悪い。……じゃあ、頼んでいいか?
 ただし、材料費だけは半分払わせてもらうからな?」

 拗ねたような顔も、俺のその言葉を聞くと途端に明るくなる。
 ……つくづく料理が好きなんだな、と俺は思った。

 そんなわけで、大学が終わると時間が合う時は二人でスーパーに寄って帰宅する。
 風間が先に終わった時は、買物をすませて携帯で待ち合わせ。
 俺が先の時は一足先に帰宅しておく。
 材料を俺が買うべきなんだろうが、食材とメニューがあまり結びつかないので、風間に丸投げしているのが現状だ。
 それでも、一緒に買物に行くようになって、少しはわかってきたんだが。
 風間は積極的に俺を手伝わせるので、包丁さばきも多少ましになったし。

 そしてできたての料理は、俺を破顔させるに十分なできだった。
 最近では風間が来るのを心待ちにしている自分を自覚しているくらいだ。
 はじめは週に一、二度だった来訪も、最近は半分以上になっている。

 俺は提出のレポートがあるので、今日は手伝いをせず、机にむかう。
 風間は楽しそうに手を動かして、いつのまにか調理器具の増えた台所の主と化している。
 リズミカルな音がやんでしばらくすれば、火を使う音とともにいい匂いがしてくる。

「金城、レポートくぎりつきそう?」

 ひょこっと机の前に顔が出る。
 風間のいたずらっこのような表情と行動に、思わず苦笑いした。
 それは決してあきれたとかそういうものではなくて、以前は風間も誤解してむくれていたけど、最近は笑顔を返してくるようになった。

「ああ、大丈夫だ」

 散らかっていた資料をまとめていい加減に束ねると、クリアファイルに押しこめる。
 一番上になったプリントに、「高畑授業。提出日28日」と走り書きをすると、パソコンのデータを保存して終了させる。

 返事を聞いて、風間は台所にもどる。
 俺は置いていった洗い立ての布巾で机の上をふいて、食事が乗せられる状態にした。

「今日はビーフシチューにしてみたんだっ」

 弾んだ声を出しながら、深皿を置く。
 こげ茶色のおいしそうなシチューが穏やかな湯気を立てていた。
 続いてご飯茶碗、豆府とワカメの味噌汁、サラダがやってくる。

 そして風間が見たいと言うばかげたテレビを流しながら、食事をはじめる。
 こんな贅沢な暮らしをしてる学生も、そうそういないんじゃないだろうか。
 これが女だったらそれこそ同棲なんだが、それはそれでいろいろと面倒くさそうだと思う。
 そこらの女とどうこうなるよりは、風間と一緒にいるほうが楽しし、ラクだ。
 男同士だから気を使わなくてもいいし、考えてることも性格が違ってもわかる。
 ……こんなことを思う俺はおかしいんだろうか。

 風間のうんちくを聞いて、料理に舌鼓を打ちながら、こんな日が続けばいいと漠然と思った。





 総菜屋ものその二。
 一人称が変わっていますが中身ののりは同じです。
 熟年夫婦のようですが……(汗

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