晴れた日に

 自動ドアを開ければ、店の中は懐かしいような、いいにおいでいっぱいなのがわかる。
 クリーム色で統一した内部は、まめに掃除しているので汚れも少ない。
 掃除するのは結構大変だけど、ある意味いい運動になるので、おれの日課になりつつある。
 毎朝、まず外を掃いてから中に入って、これからここを綺麗にして、おいしいものでいっぱいにするんだ。
 そう思うと、掃除もわりと楽しくなるから、不思議なものだと思う。

 あまり大きくない店内は、入口を抜いてコの字型にショーウインドウが置いてある。
 左は揚げ物、真中は総菜、右がサラダ系。
 この大きさにしてはそこそこの品揃えだと思う。
 味のほうもおれが言うのはなんだけどいいほうで、しかも大学通りの近くだからお客も多い。
 勿論近くに住宅もあるから、そっちのお客もいるし。
 一人暮らしの学生にもあまり響かない程度の値段もそろえてある。
 そこらへんは現役大学生のおれの意見が通ったんだけど。

 手作りにこだわっているから、添加物とか勿論ない。
 小売り店だから毎日裏で丹念に調理している。
 味つけも薄味にして、濃いのが好きなひとにはあとで自力か、それとなく薄味をおすすめする。
 大体煮物とかはちゃんとダシとれば塩分控えめで十分おいしいものがつくれるしな。

 今は、学生の帰宅ラッシュが過ぎ、主婦の買い物タイムも終わり、あと1時間もすれば閉店。
 そうしたら残りものをまとめて夕飯にして……

 ……あいつは今日もくるだろうか……?

 そう思うと同時くらいに、自動ドアが開く音。
 おれは見ていたレシピ集から目をあげて、営業スマイルとともにでかい声で言った。

「いらっしゃいませー」

 たとえお客がひとりでもなんでも、元気よく明るく。
 でもそいつの顔を見ていつもより声が弾んだのは、しかたないことかもしれない。
 なぜっておれはそいつを知ってるから。
 今まさに頭にあったやつだったから。

 そいつの名前は金城(かなしろ)という。
 ……多分合ってると思うけど、いまいち自信がない。
 なぜっておれはこいつと直接喋ったことがないから。
 じゃあなんで知ってるかって言うと答えは簡単、同じ大学の学生だからだ。

 と言っても学科が違うようで、いつでも一緒ってわけじゃない。
 顔を見るのは一般教養の時だけ。
 あいつはいつも一人で講義を受けていて、前のほうの席で真剣な表情をしている。
 何度も授業を受けていれば、なんとなく顔を覚えるもので。
 いつも前の席にいるから、毎回いるなぁ、と思うようになった。
 教授への受け答えもよくしていて、友だちと受けてもわからないおれとは違う。
 大学っていう場所柄、年齢はよくわからないけれど、少なくともおれより断然大人びていて。
 いつまでたってもなんか子供っぽい自分の外見に悩んでるおれには、ちょっと憧れの存在だった。

 だけど、おれと金城の間につながりはなにもなくて、話すことはなかった。
 あくまで教室で一緒になる、それだけで、挨拶すらしたことがない。
 でも最近、こいつはうちの店を利用するようになった。
 記憶してるかぎりではここ1ヶ月だから……多分、その前からきてはいたんだろう。
 このごろは毎日のように買って行くので、おそらくやつのおめがねにかなったんだと思う。
 それは結構嬉しいことなわけで……でも、今のおれと金城の関係は客と店員。

 それ以来、教室で見かけるたびに、声をかけたいと思う気持ちが強くなった。
 おれが金城を知ってることを、本人は知らない。
 ……折角同じ学校なのに、おれはあいつを知ってるのに、そしてちょっとあこがれてるのに。
 だのに金城はおれを知らないのは、なんとなく嫌だ。

 だからおれはある決意をしていた。
 今日も金城がきたら、声をかけてみよう、と。
 店員が客に話しかけるのはいけないことだけど、この時間はお客も少ないし、親父たちもいないので、チャンスだった。

 でもいざとなると、なんて言っていいのかわからない。
 やつはケースの中をじっと見て、今日の夕飯のおかずを選んでる。
 はやくしないと会計をたのまれて、パックを袋に入れて、ありがとうございましたって、いつものように終わってしまう。
 ふと目線をあげた金城と、視線があった気がした。
 その瞬間、おれは声を出していた。

「金城…だよな?」

 思いきってそう言うと、やつは一度まばたきをした。
 口には出さないが、その表情はおれを誰か聞いているようで。
 怪しまれたくはないので、おれは慌てて続けた。

「えっとわかるかな、テンさんの授業で一緒の、風間なんだけど」

 テンさんていうのは講師のあだ名だ。自己紹介で自分で言ったのを聞いて、変な講師だと思ったけど。
 テンさんの授業を受けているのは、そんなに多くない。
 おまけに生徒を指名して答えさせることが多いから、名前も自然覚えがちになる。
 金城はしばらく考えていたらしいが、やがて顔をあげた。

「ああ、独語が読めなかった奴か」

 瞬間、おれはカウンターにつっぷした。

「そ…そういう覚えかたするか…」

 情けない声を潰れたままあげると、上から金城のしれっとした声がふってくる。

「印象に残ったからな」

 ひどい言われようだけど、こいつの低い声はすごく格好よく響く。
 それに気をとられそうになるから……いい声って、卑怯だ。
 ……金城は声だけじゃなく顔もいいけど。

「独語が読めないひとも多いじゃないか」

 いいわけじみた調子だと自分でもわかる感じで言うと、金城はちょっと笑ったみたいだった。

「まあな。俺も読めないし。だけど人名くらいは読めるだろう」

 テンさんは言語にこだわる。
 特に人名は絶対そのひとの出身国の語を使う。
 おれが指名された時、前の授業で出た名前が答えで、おれはその名前をノートに書いてはいたのだけど……
 読みかたをきれいに忘れていたのだ。
 なんとかそれっぽい言葉を考えて答えたけど、それはすごくもとの名前からかけはなれていて。

 ……あの時は教室中爆笑の渦で、ものすごく恥ずかしかった。
 よりによってそれで名前を覚えられていたなんて……
 記憶してくれたのは嬉しいけど、果てしなく情けない。

「ここでバイトしてるのか? 風間は」

 おれが複雑な顔をしていたせいか、金城はそんなふうにたずねてきた。

「あ、いや、ここ、おれの親の店なんだ」
「……ああ、そういえばカザマ総菜ってなってたな」

 すぐに理解したらしく、軽くうなずく。
 ……安直な店名も時には役立つな。
 おれはあんまり単純で当時反対したんだけど。

「店番だけじゃなくて、いくつかつくってもいるんだ。
 おれ、料理好きだからさ」

 ちょっとアピールしてみると、金城は興味ぶかげな顔になった。
 それから視線が右、左のケースに移動する。

「えっと…そこの煮物とポテトサラダはおれ考案なんだ」

 探す金城にそう示すと、へえ、と小さく感嘆の声。
 ふたつの商品を見て、そしてふと気がついたと言葉をつくる。

「……俺がよく買ってるやつか」

 実はわかっててあえてその二つをあげたんだけど、そのとおりに金城が反応したので、嬉しくなった。
 べつに誉めてほしいとか言うわけじゃないけど、
 でも、普段食べてるそれはおれのなんだって、知ってほしくて。
 金城は結構味にうるさいみたいだから、そんなあいつがおれの料理を認めてくれたんだと思うと、自然に顔がゆるみそうになる。

「……じゃ、今日は風間考案の煮物を買ってくか」

 ……あ、笑った。
 授業中でもおれが名前を間違えた時でも、笑わなかったのに。
 冷たいかな、くらいのすっと整った顔が、その時だけちょっといたずらっこみたいになる。
 ……おれなんかいつも子供みたいだって言われるけど、
 たまだと格好いいですむんだなあ……
 そんなことをぼーっと考えていると、金城は煮物と、いくつか細々とおかずを選んだ。
 ……そのほとんどがおれがつくったものだっていうのが、嬉しくて。

「えーっと、合計で……」

 慣れた手つきで会計をして、テープを貼る。
 うちはゴミ袋削減を奨励してるので、基本的に袋は出さない。
 金城もそれはわかってるので、テープの貼られた総菜を丁寧にバッグにおさめていく。

「ありがとうな」
「礼を言うのは店員の仕事なんだけど」

 困ったように言うと、金城はまた笑う。
 ……いいなぁ、こういう笑いかた。
 大声で笑うのでもなく、ほくそ笑むのとも違う、しずかな微笑みって言うんだろうか。
 なんとなく落ちつく感じがして、すごくいい。
 荷物をしまった金城は、このあと家に帰るわけで。
 ……ここまできたんだし、おれはもう少し勇気を出してみることにした。

「あ、あのさ、金城、今度大学で見かけたら、声かけてもいいか?」

 思い切ってそう言うと、相手の反応を伺う。
 金城は数回瞬きをして……今度ははっきりと声に出して笑った。

「風間……それ、わざわざ訊くことか?
 べつにかまわないけど」

 ……たしかに言われてみれば、これだけ話したあとにすれ違って挨拶しなかったら、そのほうが変だ。
 でもなんとなく、ちゃんと言葉にしたかった気持ちがあって……
 おれはおれにもよくわからない気持ちを整理しかねてしまった。

「……まあ、俺も見かけたら声をかけるよ。
 食べてみたいものとか、リクエストしてもいいんだろう?」

 金城の言葉に、おれはぱっと表情を明るくして、うんうんとうなずく。
 リクエストされるのは大好きだ、おれだけだとどうしても考えるものがパターン化してしまう。
 学生の好みがわかれば、売り上げにも貢献できるし。
 なにより金城に話しかける口実ができる。
 おれは思わずカウンターから乗り出して、店を出ていく金城にぶんぶん手をふった。

「じゃあ、また……明日!」

 答えるかわりに片手をあげてみせる。
 そんな姿もとても様になって。
 おれはそれから閉店まで、ずっとにこにこしたままだった。





 男同士の友情話その一、出会い編。
 コンセプトは総菜屋で芽生える友情。
 ……よくわからないコンセプトですが(汗
 こういう男二人って書きやすいです。

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