その温もりを
 シャワーから上がると、暖かい食事とカフェオレが並んでいた。
 ふわふわのオムレツによく焼けたパン。
 時間を考慮して、朝食よりは少し多めのその量だったが、彼女は大喜びで完食した。
 やはりお腹がすいていたらしい。
 とてもおいしそうに食べる彼女を見るのも好きなので、
 自分も珈琲を飲みつつ席についていた。

「ごちそうさま!」
「どういたしまして」

 昔と変わらないやりとりに、彼女が笑顔を深める。
 あいた皿をまとめながら、首をかしげる。

「ずいぶん遅くなっちゃったけど……
 私が寝てる間になにかあった?」
「いや、特には」

 留守電モードにしてあるが、実際今日は特になにも連絡はない。
 カメレオン騒ぎのあと、ミニチュアピンシャーの依頼も片づけることができたので、
 急を要するものはなにもないことになる。

「そっかぁ……」

 ここにいないルイは散歩に出かけた、と添えると、
 少し落胆した様子で、カフェオレを啜った。

「私としては、そのほうがありがたいが」
「え?」

 バリアスのセリフに、裕香はきょとんとした顔になる。
 笑みを刻んだまま、彼は彼女に説明すべく口を開いた。

「これだけ寝坊したのだから、君は疲れているのだろうし」

 なんのせいか、はあえて言わなかったが、ほんのりと頬を染めたことがわかる。
 いくらか心拍数も上昇しているようだ。
 わざわざ数値ではからなくても、彼女を見るとなんとなくわかるのは、
 それだけ注意深く見ているためだろうか。

「昨日は探偵業で時間をとられてしまったし、
 私としては今日はゆっくり愛しい君との再会を実感したいのだが?」

 歯の浮くようなことをすらすらと言いながら、席を移動して彼女を抱きあげ、
 自分の膝にすわらせてしまう。
 子供にするような格好だが、こども扱いしてのことではないとわかるので、
 裕香は赤面しつつもおとなしくされるままになっていた。

「で……でもバリー、なんか……」
「ん?」

 身体をずらして彼に視線をむけるが、間近に端正な顔を見たためか、さらに赤くなる。
 斜めに目を移動させてから、躊躇いがちに口を開いた。

「そうやって宣言されて……ってすると、ものすごく恥ずかしい……よ」

 否が応でも実感するというか。なんというか。
 そういった些細な機微に彼が気づくはずもなく。
 こうしているのは嫌ではない、とわかれば、それで十分であり、
 恥ずかしそうにしている彼女はとてつもなくかわいい、などと思っていた。

「それに、もしお客さんとか、ルイ君が帰ってきたら……」

 この状態を見られるのは、ルイはいいとしても問題は客だ。
 ……恐らくまわれ右をされるだろう。
 飛びこみの客がこないともかぎらないので、あまり事務所でいちゃつきたくはない。
 だから離れて、と続けようとしたのだが、

「そうか、では君の部屋へ行くとしよう」

 その前に爽やかな笑顔で提案され、裕香を抱いたまま危なげなく立ちあがる。
 突然の浮遊感に慌てて首にしがみつけば、了承の合図にとられてしまう。

「ちょ、そういう意味じゃなくて……っ」
「……嫌なのか?」
「そうじゃないけどっ……」

 決して嫌なわけではないので、否と言えば嘘になる。
 おまけに声をあげれば、バリアスは途端にしゅんとした顔つきになって。
 どう説明すればいいのか考えあぐねているうちに、
 彼は彼女にあてがわれた部屋へ到着する。

 そっと、壊れものを扱うようにベッドに降ろされる。
 気のせいでなく強くなった甘い香水の匂いは、それだけ彼が本気なのだろう。

「……裕香」

 蕩けそうな微笑と声は、どう考えても卑怯だ。
 覆い被さる体勢は、彼がこれからなにをしようとしているかを雄弁に語っている。
 それほど「経験」があるわけではないけれど、それくらいはもうわかる。

 だけれども、それが嫌なわけではないけれど。
 でも、自分は。
 だから、先に自分からその首に腕をまわして抱きついた。

 驚きに肩を揺らしても、抱きしめ返し損ねはしない。
 腕の中という事実に安心の一息をついてから、顔を見上げた。

「あのね、バリー、ただこうやってるだけじゃ……ダメ?」

 ぐいっとひっぱって、ベッドの隣にすわらせる。
 おとなしくされるがまますわったバリアスの重みで、少しベッドが軋んだ。
 横では顔が見えないので、ちょっと位置を微修正する。

「こう、とは?」

 不思議そうに、それでも彼女にふれていたいらしく、手をつないで。
 なんだかかわいい、と呑気にどこかで思ってしまう。

「だって、昨日から、全然喋ってないもの。
 バリーが今までどうしてたかとか、私のこととか……話したいことは、いっぱいあるよ」

 押し倒されてしまうのは、恥ずかしいけれど、嬉しい。
 けれどそうなると頭の中は真白くなって、判然とした言葉は紡げない。
 おまけにそのあとは眠気に襲われて、結局昨夜はそのまま沈没してしまった。
 今もまたそうなってしまうのは、どうしても避けたいところだった。

「……そういうのって、子供みたい?」

 黙ったままのバリアスの様子に、困惑して言葉を続ける。
 余程心配げな顔をしていたのだろう、バリアスはいいや、と即座に首をふった。

「性急にしすぎた自分を反省していたところだ」

 ふわ、と大きな手が頭をなでる。
 ポニーテールを壊さない程度の力加減は絶妙で、懐かしさがこみあげてきた。
 気持ちよさそうに目を閉じると、グリーンノートの匂いに気づく。

「私もこの1年間の君を知りたいし……
 そうだな、こうしていようか」
「うん!」

 再会したら喋ろうと思っていたことは、それこそ数え切れないほどある。
 破顔してなにから話そうか考える彼女に、バリアスはクスリと付け加えた。
 悪戯のように唇の端にキスを落として。

「夜は夜で……楽しみにしているよ」

 瞬間顔を真赤にする裕香を、快活に笑って抱きすくめる。


 今年の夏は、まだはじまったばかり。


 
 
 初出:06/04/14 / 背景:第九天國

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 『君の隣』の続き……中途半端かも。
 分岐でHありも書こうかと思ったのですが、やめておきました。
 とにかく甘く……ひたすら甘く。