約束はないけれど
 無事ファーザーこと博士と再会したバリーたちは、彼の研究所へと案内された。
 彼はあのあと各地を逃げ回っていたらしい。
 しかし最近になってようやくたしかな後ろ盾を得、命の危険にさらされることも、
 自分の実験結果に望まぬ扱いを受けることもなくなったと言う。

 博士は真先にバリアスとルイの状況をチェックした。
 そして、その惨状を目の当たりにし、言葉をなくしていた。
 その身になにが起きていたか、本人に聞くまでもない。
 彼は悔しげに唇を噛みしめながらディスプレイを見ていたが、
 やがてバリアスのほうにむき直った。

「内部の破損が思ったより激しい……
 が、時間はかかるだろうが、お前達二人とも、助けてやれる。……確実に」

 はっきりと断言され、バリアスはほっと息をついた。
 最悪の事態は免れる、それだけで十分だ。
 それならば、愛しい少女に辛い思いをさせずにすむ。
 自分が無事にすむことより、そのほうが彼には嬉しかった。

 涙をこらえて、笑顔を見せてくれた彼女。
 バリアスの耳には、探偵事務所を出たあと、泣きだした彼女の声がとどいていた。
 自分の高性能の耳を、その時ほど恨んだことはない。
 すぐさま戻って、抱きしめてやりたかった。
 だが、それでは自分の運命は変わらない。
 いつか終わりを迎えて、彼女を苦しめてしまうだけ。

 動物たち、気の合う友人、家族……慰めて側にいてくれるものたちはたくさんいる。
 だから大丈夫、そう己に言いきかせ、足を止めずに歩き続けた。

 すべては、彼女にもう一度会う可能性のために。

「……だが……」

 呟く声が聞こえ、顔をあげる。
 自分によく似たそのひとは、眉を寄せて渋面を浮かべていた。

「お前は過去の件のせいで、人格変動した際に記憶が飛ぶバグが生じている。
 ……新しい身体に記憶を移動させた場合、一部欠損する可能性がある」

 つまり、部分的に記憶を失うかもしれないということか、と胸中で呟く。
 たしかに思い返すと、自分にはジゴロモードの記憶はない。
 しかも勝手になるものだから、裕香にはずいぶん迷惑をかけていたらしい。
 ……ふと、今の自分が思い出すのは、彼女と共に過ごした時のことばかりだと気づく。

 サンプルとして幾度も解体と再構築をさせられていたころも、
 夜の街で働いていたことも、覚えている。
 けれどいい思い出ではないから、敢えて想起する必要を感じない。
 それよりも、2ヶ月にも満たない夏の最中、彼女と共に過ごし、
 想いを遂げたその期間のほうが、……それだけが、バリアスには大切だった。

「ファーザー」

 呼びかける声はいつもと同じ、穏やかなもの。
 らしくなく少し逡巡してから、問いかけた。

「あなたは、人間の女性と恋に落ちた私を、どう思いますか?」

 博士は少し驚いたようだった。
 質問が突飛であったこともあるだろうし、内容も困惑して当然のものだ。
 けれど口を挟むことはなく、無言で話の先を促した。

「この2ヶ月あまり、私はある少女の側にいました。
 彼女がいなければ私は自分の記憶を取り戻すことも、あなたに会うこともなかった」

 彼女が見つけてくれた、奥底でばらばらになった欠片。
 それらをひとつずつ探して、受けとめてくれた。
 だから今自分はここにいる。
 彼女はきっとそんなことはないと言うだろうけれど、バリアスにとってはそれが真実。

「そして彼女は、私の想いに応えてくれて、帰ってくるのを待つと……言ってくれた。
 ――それは、許されないことですか?」

 一般的に言えば、機械は人間の役に立つために存在する。
 つまり道具であり、それ以上はあってはならない。
 だがバリアスは人間に近いアンドロイドであり、
 なおかつその記憶は実在の人物をベースにしている。
 かぎりなくサイボーグに近いヒューマノイド、それが彼だ。

「普通の科学者なら、廃棄処分にするだろうな」

 ややあって告げられたセリフは、しかし暖かさを持っており、
 その表情もごく穏やかなものだった。

「だがお前は、人工のものではあるが、我々の息子でもある。
 そのお前が恋をして、想いが通じたと言うのは……親としては嬉しいものだ」

 父親らしい発言、とは、きっとこういうことを言うのだろう。
 バリアスは博士に微笑を返した。

 たとえ「恋愛感情など許さない、消去する」と言われても、もとより聞く気はなかった。
 言うはずはないと漠然と思っていたのもあるが、
 万一そう宣告されたら、すぐにもここから逃げだし、
 最期のその刻まで彼女のそばにいようと、最初から決めていた。

「……だからファーザー、もし私の記憶を全て移せない時は、
 彼女に関するものを優先してください。
 私はそれさえあれば、そして彼女の元へ戻れれば、それだけでいいんです」

 それ以外は、自分にとってたいした価値はない。
 言い切るだけの自信を、彼女の存在が与えてくれた。
 迷いのない息子の姿を、博士は眩しそうに眺めていた。

「最善を尽くそう、約束する」

 そして彼の記憶と身体は分けられ、再構築のその時まで、
 データの海に揺られ保管される日々が続いた。
 肉体も持たなければすることもなく、ひたすら彼女のことを考えていた。
 なんのはずみで記憶を失うかもしれないし、一瞬でも忘れたくはなかったから。
 会いたくてしかたがない気持ちをおさえるためにも、彼は何度もなんどもリピートする。
 鮮明な逆に想いを募らせたけれど、バリアスはその執着を、
 一刻もはやく帰らなければという決意に動かした。

 彼女が待っているから。
 ――そして、そんな彼女に想いを寄せる青年がいるから。

 もしも自分がもどらなければ、きっと彼は彼女に近づく。
 青年が彼女を見る目に、特別なものがあると勘づいたのは、ついこの間のこと。
 ――もどれない身なら、彼に彼女を頼もうかと考えもした。
 結局せずに、まっすぐこちらへやってきたけれど。
 だが今は、そうしておいてよかったと思う。

 彼はいい青年だ、それは間違いない。
 だが、己の最愛の少女を渡していいかと聞かれれば、答えはNoだ。
 偽善的だと自嘲したくなるが、彼女の隣にいるのは、自分でなければ納得がいかない。

 だから必ず記憶を保ったまま、彼女のもとへ還るのだ。
 今度は決して離れない、――離さない。

 ――その決意が現実になるのは、それから約1年後のこと――
 
 
 初出:06/02/04 / 背景:第九天國

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 バリーGOODEDで、博士のもとに行った時の話……の想像。
 実際はどうかわかりませんが、こうだったらいいなと。
 でも裕香一途はお約束というか。