Curse

「……あなたは、私を見てないでしょう?」

 冷たく固い声で、問うと言うより断言するように。
 まむかいの彼女は、声と同じくかたく、そして悲痛な表情だった。
 きつく握りしめている手は、小さく震えている。

 彼は無言のまま、なにも言わずにいた。
 肯定も否定もしない。
 こんな科白をつきあっている恋人から言われれば、
 あせっていいわけをするのが普通の行動と言えよう。
 しかし彼は口を開くこともなく、ただ、だから? とでも呟きたげに彼女を見るだけ。
 その目に彼女は映っていなく……どこか遠くの、あり得ない場所を眺めているよう。

 端正な顔立ちと、落ちついた物腰。噂の秀才。
 同じ学部で、恋をして…告白して、OKをもらって。
 けれど、好きになればなるだけ、彼が遠いことに気づいてしまった。
 それでもいいと最初は思った。
 よくあるドラマみたいに、いつかはふりむかせられる、なんて。
 けれどそんな都合よくはいかず、心は苦しくなるばかりで。

 いいわけでもしてくれれば、少しは自分のことを想っていると、
 希望を持っていられたのに。
 彼女の不幸は、ひとよりは賢かったこと。
 そしてプライドがあったこと。
 愛されてもいないのに、このままつきあっていることはできなかった。

「……別れましょう」

 ……だから、彼女はそう告げた。

 彼女が去っていくのをぼんやり眺めて、涼はふっと息をつく。
 とりたててショックはない。
 告白されて、恋人もいなかったし、
 顔も性格も悪そうではなかったから承諾しただけのこと。
 彼女のために予定を開けたことなどないし、最低限以上の気遣いもしなかった。
 それで長期保つとも思っていなかったし、むしろ今までよく続いたと感心すらした。
 こういうふうに思うことは、彼女にとって失礼どころの騒ぎではない。
 だが、涼にとっての女性は……ただひとり以外は誰も同じ。
 だれよりもなによりも愛おしくて、護りたい相手。

 けれど、それは決して叶わぬ想い。
 禁止された……背徳とも呼べるもの。

 おそらく……きっと。
 「彼女」とは血縁関係はない。

 ただ、いくつかの悪いことが重なって、きょうだいになっているだけで。
 だけど、それは一般の常識からすると立派な「禁忌」だ。
 世間から見て、歓迎されることではない。

 それに……きっと彼女は自分を兄としてしたっている。
 むしろ、そうでないはずがない。
 自分で言うのもなんだが、彼は理想の兄として彼女に接していた。
 他人の家族の中で、唯一、やすらぎをくれた相手だったから。

 そんな妹への感情が、いつしか愛情に変わって。
 間違っているのは、絶対自分のほうだろう。

 自覚してからは、意図的に会う回数を減らしている。
 けれど時折帰宅すると、嬉しそうに抱きついてくる妹への恋慕はとまらなくて。
 結局どうしても駄目なのだと、確認するだけで終わってしまう。
 ……いや、むしろ会えないぶん激情は深まるようで。

 忘れられるかもしれないと、誰かとつきあっても、

 顔が違う、
 声が違う、
 身体が違う、

 なにもかもが…違う。

 心が、身体が、ソレを拒否する。
 病気ではないかと思うほど、彼女以外は駄目で。

 必死に言い聞かせても、自分の奥底が否定する。
「それではダメだ」と叫ぶ。

「…ああ……」

 ぽつりと、呟く。
 泣くようなかすかな声で、けれど顔には笑みが浮かんでいた。

「俺は、狂ってるだろうか……?」

 ……きっと、そうなのだろう。
 認めてしまっても、少しもらくにならないけれど。

 この想いは、けれど…ぶつける場所を持たない。
 ただ鬱屈とたまるだけの……甘い毒。


 そして、ある晩。

 彼は夢を見ていた。
 いつもの……サーシャの夢。
 子供のころから見続ける、もうひとりの自分の姿。

 もう、それを不思議にも思わない。
 それほど、彼の夢はリアルで、日常的で……自分の一部になっていた。
 過去にいなくなった「かれ」が生きているような、そんな錯覚すら覚える。

 国王の前に召されたサーシャは、いつになく真剣な顔の主君に少しいぶかしむ。
 しかし内容を聞き、彼の顔も真剣そのものになっていった。
 彼の国がつくりあげた細菌兵器。
 そしてそれによるシバへの脅迫。
 占者によってもたらされた話は、とても笑って聞けるものではない。
 しかし、悲観するばかりではないと国王は続けた。

「ある一人の少女……
 占いが正しければ、彼女がこの兵器の解毒剤をつくれる」

 そうすれば、争いはなくなり、ブラドールをおさえこめる。
 方法があるなら、やらないわけにはいかない。

 神妙な顔で、彼は王の言葉を待つ。
 すいとさしだされた似絵。

 そこに描かれていたのは、まだ若い娘。
 はっきり言うと、とてもそんな大役ができそうにはない。
 どこにでもいそうな、愛らしい娘だ。

 彼女を護るようにと言われ、彼はすなおにうなずく。
 彼には、なんの感慨もない。
 はじめて見た、けれど護らねばならない少女。ただ……それだけだ。

 けれど、彼にとっては。


「……なんてこった……」

 夢から覚めての第一声は、それだった。
 ぐしゃっと髪をかきまぜて、涼は深く深呼吸する。
 気持ちのいい朝になるはずが、落ちつけずに胸が騒ぐ。息苦しい。
 夢の中で護るべき娘。
 サーシャにとっては命令されただけの。
 けれど、それが彼に与えたダメージははかりしれない。

 夢の中でも、いつでも、決して忘れたことのない。

 それは……世界でひとりの愛しい少女にうり二つだった。

 夢の中でさえ、自分と彼女は切れない関係にある。

 それは幸いなのか、なんなのか……
 よくわからなかったが、確実なのはひとつ。

 自分はサーシャに軽く嫉妬している。

 彼は、彼女になんの感慨もない。
 好意も、敵意も……
 実際に会えば、おそらく好意を持つだろう。
 護るべき対象に悪感情を持ってもしかたがない。
 それが、自分のような気持ちになるかはわからないが。

 だが、彼はそういう感情を持っても、なんら障害はないのだ。

 密偵として好ましいことではないが、それでも。
 自分のように、想いを無理に封じこめて無理をする必要はない。

 もうひとりの自分、サーシャは、なんてうらやましいのだろう。
 代われるものならかわりたいと痛切に思った。
 ……実際そうなったら大事だが。

 そんなことをぼんやり考えていると、携帯電話が鳴った。
 誰かと見れば……家から。
 先刻の夢と言い、なにか示唆的だった。
 しかしとらないわけにもいかない。
 気は進まないが、携帯を手にしてボタンを押す。

「もしもし…ああ、母さん」

 もう、彼女を「母」と呼ぶのに抵抗はない。
 しかし電話の内容を聞いて、彼は電話のむこうで目を見張る。

 まるで夢の中の続きのようで。

 本当なら、断るべきだ。
 大学が忙しいのなんのと、もっともらしいいいわけはいくつもある。

 けれど、大事な妹であり、唯一想う相手をひとりにはできない。

 それが自分の首をしめても、なんでも。
 気がつけば電話の相手にうなずきを返していて。

 今までどおり、兄妹でいられるかと、自分に問う。

 ……多分、大丈夫だろう。

 彼は自身にそう呟く。

 なぜなら、彼女の笑顔を消したくない。
 そんな行為をするものは、許さない。
 それは自分にも当てはまるのだから。

 そのためなら、この想いを消したフリで、理想の兄を演じよう。
 かわいい少女を悲しませないためならば……


 ……そして彼は、久々の実家を訪れる。

       転機の訪れなど知る由もなく……


−終−
 
 

 背景:廃墟庭園

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 涼の一人称風味。
 書いた時にゲームデータが飛んでいたので、
 夢の世界の話がちょっと端折ってあります(汗
 こういう感じの話はわりと好きですが、暗い……