だれだっていい
 彼は、とある事故により己の記憶を失った。
 その後ひょんなことからバンドのメンバーになり、
 DCMCの一員として、なに不自由のない暮らしをすることができた。

 時にはうまくいかないことや些細な諍いもあったけれど、
 陽気な仲間たちと、楽しくバカバカしく騒いでやっていた。

 そんな折に、自分の昔を知る者があらわれて。
 記憶はもどらなかったけれど、
 かれらが自分と、自分が持っていたはずのものを、とても必要としていることがわかって。
 賭けの結果もはっきりしたことで、タメキチと名乗っていた彼は、
 かれらと共に旅をすることを決意した。

 だからと言って記憶がもどることはなかった。
 期待していたのだが、ほんの片鱗も浮かんではこない。
 まだその時ではないのだと、暗に言われているようだった。

 かれらは自分のことを「ダスター」と呼ぶ。
 なじみがあるようなないような、名前。
 今までの自分はタメキチだったから、ダスターと呼ばれると、
 どうしても違和感を覚えてしまう。
 けれど、疑いもしなかったその名前も、今ではどうとらえていいのかわからない。

 リュカやクマトラにとっては、自分はまさしくダスターなのだろう。
 旅をしていたという言葉を裏づけるように、
 自分の持つ技能の中には、日常では到底使わないものがあった。
 日々のトレーニングも、体にしみついていたようで、この三年かかすことはなかった。

 だから、自分はダスターなのだ……と、思いはする。
 けれど、何度そう考えても自覚はできない。

 それなのにかれらが自分を見て喋る時、
 過去の延長線上のダスターへと話しかける。
 それはかれらにしてみれば当たり前なのだが、
 自分がダスターだと実感できていない状態では、居心地の悪いものだった。

 最初のころは一緒にいた時のことなどを話してきたが、
 どうやっても思い出せないのだと知ると、あまりふれてはこなくなった。
 しかし口に上らないだけで、その表情は変わらない。

 鬱陶しいだとか、腹立たしいとかではない。
 思いやってのことだとわかっているし、押しつけがましいほどでもない。
 むしろそれだけされて、わからない自分がもどかしい。
 すぐにでも思い出してやりたい、寂しそうな顔をさせたくない。

 そんな、複雑な思いを抱えたある日のこと。

 ハミングバードの卵を急いで探さなければいけないと、
 かれら自身がそう言っていたのに。

 一行はタツマイリ村へきていた。

 ここは自分が住んでいた場所だという。
 鉄道が開通、近代化が進んだため、当時の面影はほとんどないそうだが、
 もとよりそれを覚えていない自分には、さほどの感傷もない。

 かれらは自分を、まっすぐある場所へ連れていく。

 そこは、お世辞にも綺麗とは言えない建物。
 以前は自分の家だったらしいが、今は老人ホームになっているのだという。

「僕のおじいさんも、いるんだ」

 リュカが説明しながら、先に立って歩いていく。
 内装もあまりよいものではなく、時々軋む音さえした。

 その中の一室へと連れてこられて。
 部屋にいた人物は自分を見ると、目を見開いてしばらく無言だった。
 頭の上から足の先までじっくりと眺め、彼が生身なのだと確認すると、
 無言でうなずいてひとつ、長い息を吐いた。

「ダスター、じいは……」
「リュカ、ヒメ、わざわざありがとうございました」

 説明しようとする彼女を阻むように、老人は言葉を紡ぐ。
 いつもであれば、姫と呼ぶ彼女の発言を止めるような真似は決してしない。
 クマトラとリュカのもとへ近づき、礼を言う老人の目を見て、
 二人は彼らの関係を明かすことを止めた。
 もの言いたげなクマトラたちを視線で抑えて、老人は彼を見る。

「お前さんには、まだやることが残っているはずだ。
 その後ででも、ゆっくり話すことにしようじゃないか」

 仲間が自分をここへ連れてきたことからして、
 老人と自分の関係は浅からぬもの、それはすぐわかった。
 だが、老人はそんなことを一言も漏らさない。
 よそよそしいわけではないが、その態度には一本通ったものがあるようだった。

「タメキチさんとやら、ここでのんびりしている時間もないはずだろう?
 早く行くといい、身体にだけは気をつけてな、……皆」

 とってつけたように周りを見たけれど、意識が彼に集中しているのはわかりきっていた。
 老人は自分をタメキチと呼んだ。
 ダスターでもなんでもいいと言い切った。
 無事であったなら、それがなによりなのだと。

 すとんと、わだかまっていたものが落ちついた気がした。
 ダスターでなくてはならないと、思い悩んでいた。
 それは記憶がもどれば無理せずそうなるのだから、
 今はタメキチでもいいのだと、そう感じられた。

 同時に、だから老人は自分の父親なのだろうと、確信もした。
 気恥ずかしかったから、口には出さなかったけれど。


 記憶をとりもどしたら、絶対にもう一度会いに行こう。
 急ぐ旅の合間だけれど、必ず。

 そう、決めた。


―終―
 
 
 初出:06.07.20 / 背景:第九天國

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 タイトルはウエスの心境です。
 記憶をとりもどす前に話しかけに行くと、
 彼は一度しかダスターと呼びません。
 最後にはタメキチさん、と他人行儀なほどに呼びます。
 それがすごく、記憶に残ってすぐ思いついていたものです。
 血縁関係があってもなくても、彼らはまごうことなき父子なんだな……と。