役をもらう日
 誰かが、必要だった。

 ものがたりをつくり終えた時、誰からともなく、そう言いだした。
 全員が忘れてしまっては、もしもの時に大変なことになる。

 誰か一人は、この事実を覚えておかなければならない、
 どこかにこの記憶をしまっておかなければならない……と。

 また、なんのはずみで記憶がもどるともかぎらない。
 繰り返しくりかえし、前の記憶を深い底へしずめるなにかも必要だと考えられた。

 それからまた話しあいが行われ、新しい決めごとができた。
 人々の記憶をしまいこむ卵を用意することになった。
 そして、緊急時にそれをとりにいく役目は、
 ドロボーを生業にしていたウエスへ任せた。

 前の記憶を封じるには、鐘がいいだろうという話になった。
 毎日定刻に打ち鳴らされても、まったく不自然がないからだ。
 その鐘に特殊なしかけをつくり、記憶が浮きあがらないよう歯止めをかける。

 ……では、誰がそれをやる?

 誰ともなく、かれを見た。
 後ろめたそうな顔をするものもいた、信頼の表情をむけるものもいた。

 そしれかれは、リダは。
 ただひとり役をもらわぬことになった。

「……でも、それじゃあんまりだ」

 誰ともなく、そう呟いた。
 ただ一人、愚かな世界の記憶を持ったまま、鐘をつき続ける。
 自分がその役になったら、と思うと、誰も彼もが考えた。

 それからまた話し合いが行われて、結局、こういうふうに落ちついた。

 リダが年老いて死ぬ時。
 その時にはきっともう、ものがたりは揺らがないものになるだろう。
 記憶をもどす必要も、卵を手にいれる意味も、なくなっているはずだ。

 だからその時には、村人皆で、リダを「村の鐘つき男」として弔おう。
 反対するものは誰もいなく、そういうことで落ちついた。

 死ぬことでしかもらえない役。
 それはある意味残酷であったけれど、リダにはまわりのその気持ちが嬉しかった。
 リーダーとして慕われてきた自分には、それがゆえの責任もある。

 だから、役がなくても、汚れ役でも、喜んで引きうけるつもりだった。
 少なくとも自分が死ぬ時には、みんなは自分の名を呼び、涙してくれる。
 そう思うだけで、かれはこれからの長い時を、安らかに過ごせると思った。

 ……ふと目を開けた。

「夢……」

 どうやら今までのは夢であったらしい。
 軽く頭をふって、意識を覚醒させる。

 今となっては、鐘つき男として弔われることはない。
 けれど代わりに、すべてを伝える役が与えられている。
 ……願わくばその役をすることは避けたかったが。

 リダはもうじきくるであろう少年に思いをはせた。
 新しいものがたりの中で生まれた命。
 だからこそ少年には、ハリが抜けるのだろう。

 たとえそうするのが最善だったとしても、
 記憶を歪め偽りを植えつけた自分たちでは、ハリを抜くことはできないだろうから。

 その小さな身体に背負わせるには、あまりにも重たいことだけれど、
 話を聞くかぎり、かれは一人ではない。

 だから、自分はすべてを話そう。
 きっと仲間と共に、受けとめてくれるに違いないから。

 そう信じて、息をついた。

―終―
 
 
 初出:06.06.25 / 背景: 廃墟庭園

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 リダの話。リュカがくる寸前……っぽく。
 役がないのは寂しいな、と思ったので……
 でも消化不良気味、感傷が先に立ってしまった感じです……