紫煙の合間
「お前の左足が不自由になってしまったのは、儂のせいじゃ……」

 タネヒネリ島でそんな幻影を見て。
 正気にもどった自分は、ひっそりと苦笑いをした。

 皆、見た幻覚については、無言で問わないことに決めた。
 下手に話せば自分の傷をえぐるものだと、わかっていたから。
 ハリの数は減っており、先を急ぐ状態ではあったけれど、
 少しだけ休憩をとろうとダスターが提案すれば、誰も否は唱えなかった。

 リュカも、クマトラも、それぞれ一人で膝を抱えていた。
 小さなリュカのそばにはボニーがいるので、さほど不安はないけれど、
 クマトラのほうは一人なので、いつもであれば気遣うところだが、
 生憎自分にもその余裕はなさそうだった。

 ポケットからとりだしたのは、最近は吸わなくなった煙草。
 においもきつく、独特の味だし、煙は勿論有毒だ。
 べつに癖になるほど吸うわけでもないし、
 このメンバーで旅をするようになってからは禁煙を貫いていたが、
 今だけは見逃してもらおうと思った。

 くゆる煙の色は紫で、それはさっきの幻覚を思い起こさせる。
 ……選択を誤ったかと、ちらと思った。
 思い出すまいとしても、どうしても先ほどの幻覚が記憶の端から消えてはくれない。

 あの、セリフは。

 かつて自分が盗み聞いたものだ。

 まだ子供のころ、ある日の修行で、彼は崖から落ちて、左足を壊してしまった。
 今でも多少ひきずるけれど、杖などなくても歩けるし、走ることもできる。
 軸足にすることは厳しいが、動かないわけではない。
 今までの戦闘でも当たり前のように敵を蹴飛ばしてきた。
 少なくとも今のところ、困ったことはさしてない。

 怪我をしたあの時だとて、ウエスを責める気はなかった。
 彼は決して無茶なやりかたをしたわけではない。
 なぜかはわからないが、多少急かしていた感はあったのは認める。
 けれども、いきなり無謀なことをさせたりはせず、
 順当に、段々と難易度を上げていく方法をとっていた。

 だから自分の足がこうなったのは、自分のせいなのだ。
 ダスターはそう自然に思っていた、最初から、誰に言われるまでもなく。

 そしてウエスも、彼の前で「自分のせいだ」などと言うことはなかった。
 心配はしていたし、治療に専念させたし、
 怪我を彼の力不足だと咎めることもしなかった。
 どう接していいものか、逡巡しているようではあったけれど、
 それでも表面的には、いつものどこか飄々とした様子を保っていた。

 それが表面だけだったのだと、知ったのはある夜のこと。
 当然修行ができるわけもなく、ダスターは安静を余儀なくされていた。
 けれど寝続けているのも、年若い身には退屈なもので。
 普段夜は起きている時間であることも相まってか、目が覚めてしまった。

 喉も乾いたしと、立てかけてある松葉杖を手にとってゆっくり歩く。
 ウエスは起きているらしく、灯りが漏れていた。

 そっと覗き見ると、彼は酒を煽っていた。
 ……そして、あの言葉を吐きだしていたのだ。

 聞いたこともない暗い口調で、慚愧の念に耐えかねるといった様子で。

 それを見た彼は息を殺し気配を消して、そっとベッドへもどった。

 あんな彼は見たくなかった。
 それはアンタのせいじゃないと叫びたかった。

 けれどそれはするべきではないと思った。
 そうしたところで彼には逆効果だろう、とも。

 彼は、若いころは腕のいいドロボーで。

 老いた今は、自分にとって最高の師匠で。


 そして、たった一人の父親なのだ。

 だから、彼の怪我を案じ、己の責任と思うのは、当たり前なのだ。
 普段はものともせず罵倒していても、それでも。

 年を重ねた今は、それがわかる。

 携帯していたケースに煙草を押し当てて、消化すると、
 懐にしまいこんで、一息つく。

 この旅が終わったら、親孝行でもしてみよう。
 なにせ三年も行方不明をやらかしたのだから。

 そう考えて、残り二人の様子を見にいくことにした。

―終―
 
 
 初出:06.06.24 改訂:06.07.13 / 背景:Flow

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 ありがちネタかもしれませんが、一番最初に思いつきました。
 タネヒネリでの幻影たちの言葉は、よく考えると深いですね……