出会いの日
「……さて、ここはどこだろう?」
 横須賀総司令部は、深海棲艦対策の総本部であり、広大な敷地を誇る。中には様々な施設があり、最深部には重要機密があるとまことしやかな噂まである。
 本来一般人である自分が立ちいることなどできない場所だが、提督としての適正ありと判断されて、今日の試験に挑むことになったのだ。
 ──どこからやってきたのかもわからない、そもそも一般的な生物ですらない深海棲艦に対抗できるのは、時を同じくして生まれた艦娘のみ。
 彼女らはみな女性で、中には幼い言動の者もいる。そのため、海軍の猛者たちでは逆にうまく連携がとれなかったりしたらしい。公にはぼかしているが、噂では泣かれたりしたのだとか。
 そもそも平和だった今のご時世、もともとの軍人は少なかった。ゆえに人数が圧倒的に足りず、政府はやむなく一般人からの登用を認めることとなった。
 新聞に大々的な広告を打ち、役所にポスターを貼り──世界中で募集がなされることとなった。
 とはいえ、希望すれば誰でもなれるわけではない。各地で行われている適性試験に合格し、その後の選考に残らなければならない。
 正直受かるとは思っていなかったので、手紙がきた時は正直震えてしまった。
 だが、こんな機会、逃せば二度はないだろう。そう己を奮い立たせ、一張羅を身につけてここへやってきたのだ。
 合格通知とともに入っていた地図を頼りにここ横須賀へ足を運び、教習室で勲章を山ほどつけた大将から今日の課題を聞いた。同じように緊張した面持ちの受験者は数十人、思ったより少ないな、というのが感想だった。
 試験内容は実に簡単なものだった。──艦娘を一人見つけ、決められた場所へ行くこと。それだけ。
 総司令部は鎮守府としての役割も勿論担っており、たくさんの艦娘が在籍しているのだという。その中の誰でもいいから、一人発見しろ、というのが課題だった。
 協力してもいいと言われたが、タイムリミットもある。なにより皆すぐさま出て行ってしまったので、声をかける暇すらなかった。
 試験が簡単なのか難しいのかはわからないが、とにかく歩かなければ見つけられない。
 とりあえず探しに行こうと外に出て──適当にうろついたのがまずかった。今や立派な迷子だ。
 同じような建物が続いているので、説明を受けた場所すらわからない有様だ。
 誰かに聞こうかと思ったが、先ほどからだれひとり通りはしない。道を聞いたら失格とは言われなかったのだが、わざと人払いをしているのだろう。
「やれやれ……」
 とりあえず外に出るか、と適当な出入り口から表へ出ると、まぶしいほどの太陽が照りつけていた。慌てて軒下に避難する。
 そうしてから、建物の隙間から遠くを眺めてみる。海が近いはずなのだが、奥に入ってしまったためだろう、わずかな潮の香りがする程度だ。
 このままでは制限時間内に教習室に帰ることすらままならないだろう。
 だが、適正ありと診断されただけでも驚きなのだ、本当は提督になりたいが、駄目ならそこまでの運命というものだ。
「……まあ、ここにこられただけでもいいか」
 なにせ普段は入れない軍事基地だ。勿論中心部への立ちいりは禁止されたが、美しい煉瓦造りの建造物を間近で見られるだけでもありがたい。本当はもっとあちこち見たいのだが、試験に落ちたあとに頼みこんだら見学させてもらえるだろうか。すでにネガティブな考えになっているなんてと思うのだが、実際にっちもさっちもいかないのだから、後ろむきにもなろうというものだ。
 記録媒体の持ちこみは禁止されていたので、写真に撮れないのが残念だなと眺めて歩いていると、角から一人の少女が出てきた。
「なにしてるの〜?」
 セーラー服を身に纏った彼女は、長い髪の毛を三つ編みにしている。年のころは十五歳より下だろうか。くるりと丸い目に、高い声は愛らしい。
 けれど、どこか不思議な雰囲気だなと思っていると、当たり前のように隣にすわってきた。べつに文句もないのでそのままにしておくと、もう一度、なにしてるの? と問われた。
 下から見上げられて、なんと説明すべきか悩んでしまう。子供にわかりやすい言葉遣いは得意ではないのだ。うーんと首をひねり、適当なたとえを探す。
「ええと……かくれんぼ、なのかなぁ」
「かくれんぼ? 子日好きだよぉ!」
「そうか、子日ちゃんって言うんだ?」
「そう!」
「私は月瀬水都(つきせみなと)適当に呼んでくれていいよ」
 にこにこ笑う少女につられて微笑んでしまう。屈託のない笑顔は、癒やし効果抜群だ。
 この様子からして、彼女は迷子などではないらしいとほっとする。付属の学生かなにかなのだろう。
「艦娘を連れて総司令部に行けって言うんだけど、司令部の場所もわからなくなったんで、観光してるんだ」
 正直に打ちあけると、子日はぱちぱちまばたきをしてから、ふぅん、と呟き立ちあがった。
 難しい単語すぎただろうかと慌てたが、そういうわけでもないらしい。
 どこかへ行くこともなく、すわったままの自分に手をさしのべてきたので、どういうことか聞く代わりに顔を見上げた。
「子日が案内するよぉ!」
 だから、手! と元気よく言われ、請われるままに小さな手に自分のそれを乗せ立ちあがった。
 月瀬の背丈は高いほうではないが、彼女はさらに頭ひとつは小さくて、つむじが見えるくらいだ。
 きゅっと手をにぎられると、すぐさま引っぱられ、慌ててついていく。歩幅も違うはずだが、子日は迷いなく建物へ入りずんずん進んでいく。
 その足どりは少しも躊躇いがなくて、月瀬のほうが不安になるほどだった。なにせどの建物も似て見える。こんな中を平然と進める彼女に尊敬の念さえ覚えた。
 やがて、なんとなく見覚えのある場所にやってきたと思ったら、ドアの前には「総司令部」の看板がかかっていた。試験の時に提示された場所に間違いない。
 どこを歩いたのかわからないが、無事に到着できたらしい。艦娘とは出会えなかったが、正直に伝えればいいだろう。敷地内で路頭に迷うよりはましだ。少々恥ずかしいが、帰りは誰かに案内を頼めばいい。
「ありがとう、子日ちゃん、おかげで遭難せずにすんだよ」
 礼を告げ、手を離そうとしたが、なぜかにぎりしめられたままで、彼女はにこにこと笑っている。
 思ったより強い力で、あまり腕力に自信のない月瀬にはほどけそうにない。
 どうしたものかと顔を見ると、子日はえへへ、と笑顔をこぼす。
「このまま子日と一緒に部屋に入るんだよ、そしたらかくれんぼはおしまい!」
「え……って、もしかして」
「そう、子日は艦娘なんだよぉ!」
 えっへん! と威張られてびっくりしてしまう。だって彼女はどこから見ても幼い少女でしかなくて、とても前線で戦う艦娘には見えなかった。必要ないからかもしれないが、武装もしていないのも、驚きに輪をかけた。
 腕だって自分より華奢なくらいで簡単に折れそうだ。こんな少女たちを、提督は激戦地へむかわせなくてはならないのかと思うと、責任は重大だ。
 実際何人もの艦娘が、海の藻屑と成りはてたと聞く。深海棲艦との戦いは、それほど凄惨なものだ。それが、自分の采配ひとつでそうなるかと思うと、このまま辞退したくなった。軍人としての経験のない自分が、迂闊な判断で彼女たちを怪我させて──最悪海に沈めてしまったら、とてもではないが、耐えられる自信はない。
 子日に手をひっぱられたが、司令部のドアをノックする気になれず、月瀬は無言で立ち尽くしてしまう。沈んだ表情からなんとなく察したのか、子日は先刻までとは違う、少し真面目な表情になった。
「……あのね、子日たちは、提督の命令なら誰からでも戦いに行くよ。……でも、選んでいいなら水都が提督だといいな」
 艦娘として生まれた彼女たちは、艤装を解くまで普通の少女としての生活は送れないという。
 かつてあった大きな戦の記憶の断片を持つ彼女らは、迷うことなく前線へ赴く。その被害を最小に抑え、適切に指揮する存在が必要なのだ。なにより、二度と無駄に散らせないために──
 試験前の総督の言葉を思い出し、はっと彼女を見つめた。
 自分が提督になろうとなるまいと、彼女はすでに艦娘として存在している。
 そしてその身の内には、同じ名の駆逐艦の記憶が刻まれているのだろう。不勉強な己は彼女の履歴を知らないから、あとで調べねばなるまい。
 遠くない将来、いや、明日にでも、彼女は深海棲艦と戦うことになるのだろう。
 他の提督のもとで、知らないところで傷ついて、誰も見ていないまま海の底に沈むかもしれない。
 ──それくらいなら。
「……私はずいぶん頼りないと思うよ?」
 知識だってまったくないし、戦術だって知らない。艤装だってなにがあるのやらだ。
 ただ胸にあるのは、これ以上の犠牲を出したくない、自分の周囲に不幸があってほしくない、それだけの独善的な思い故だ。世界平和のためだとか、そんな正義感など持ち合わせていない。それでも許されるのなら。提督と呼んでもらえるなら──
 だが子日は快活に笑って、月瀬の不安を消し去ってしまう。
「じゃあ、子日が会いに行くまで、勉強の日だね!」
 あっけらかんと言い放つものだから、たまらずに吹きだしてしまった。
 少なくとも、彼女は自分を提督として望んでくれている。ならば、それに応えるのもいいかもしれない。──提督になりたいという気持ちは本当なのだから。
 月瀬の決意を感じたのか、子日はふと真顔になると、小指をさしだしてきた。うん、とうなずくと、同じように出して絡めてやる。
「水都のところに行くから、だからはやく提督になってね」
「……ああ、約束するよ」
 指切りげんまん、と歌い終わると、再び手を繋ぎ、一度目線を交わす。
 しっかりとうなずきあうと、月瀬は総司令部のドアをノックした。

 ──提督への一歩を踏みだすために。








<蛇足>

「ふむ、今回の受験者はあやつらか」
「みなさん、真面目そうなかたですね」
「カッコいいひといるっぽい〜?」
「寝かせてくれる提督がいいな……」

 とかいう感じでモニターで艦娘に目星をつけられていたというのはあとで聞いた話。
 月瀬が思わず、逆ナンする女子高生か婚活のようだと呟いたのは、さもありなん。

−終−
 
 
 初出:15.4.26 / 背景:Egg-Station

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 子日って、科白のせいか愛すべきネタキャラという扱いが多いですが、
 案外聡いところとかあってもいいんじゃないかな、と。
 純粋そうに見えるからこそ、みたいな。
 初期艦の次にきたのがこの子なので、
 その理由を捏造したらこうなりました。