ねがうこと
 科学室の大きな机の上。
 そこにどかっとすわった音は、愛しい少女を招く。
 最初は躊躇って椅子にすわることを勧めていた彼女も、
 最近では慣れたらしい、さしたる抵抗もなく近づいてきた。
 そんな彼女をひょいと抱きあげ、定位置である膝の上におさめる。

「……最近、お姉ちゃんに好きなひとができたみたいなんです」

 ちょこんと音の膝の上にすわったしおんは、そんなふうに呟いた。
 彼は背を流れる彼女の髪の毛をひとふさすくい、話の続きを待つ。

「なにか言ってくれたわけじゃないんですけど……
 音先生も、気づいてますよね?」

 突然くるりとふり返られ、とらえていた髪の毛は指から逃げてしまった。
 けれど無理に追うことはせず、代わりに目の前にきた愛しい少女の顔を見つめ、

「気づくって、何にだ?」

 本気でわからず、問いかける。
 そんな音に、しおんは一呼吸おいてから。

「……最近お姉ちゃん、きれいになったと思いませんか?」

 もともと美人だった彼女だが、最近それに一段と磨きがかかったように思える。
 姉妹ゆえに毎日顔を合わせているので、
 いつからかはわからないが、それでも、たしかに変わっていた。

「ふぅむ……そうかな……まあ、言われてみれば……」

 いまひとつはっきりした答えを出さない音に、

「もう、先生、同僚なのに……」

 しおんは少し非難めいて口をとがらす。
 そんな彼女に、音はまあとかなんとか曖昧な言葉で茶を濁す。
 彼女とこういう関係になってから、
 前にもまして他の女性に関心がなくなったとは、流石に言えない。
 しおんはくるりと音に背をむけると、

「……ほんとに好きなひとができてたらなぁって、思うんです。
 …………それで、そのひとと両思いになれればなぁって」

 口調こそ明るかったが、そこにはたしかに無理が感じられた。

 ……きっと、彼女の心からそれが消えることはないのだろう。
 頭では理解していても、感情がついていくとはかぎらない。
 ついこのあいだと言ってもおかしくない時のことだ、
 まだまだ平気にはならないだろう。
 音にはそれがよくわかったから、ただそっと彼女を包むように抱きしめた。

「……そうだな、そうなると良いな」

 しおんの奥底を傷つけぬよう、ただ、そう囁く。

「……はい」

 涙をこらえるような、どこか哀しげな、けれどやさしい声。
 姉の幸福を願う妹以外のなにもない感情と、
 姉の幸福を一部奪ったことへの慚愧と。
 けれどそれを口にすることは、とても失礼で。
 自分の中で解決させることが、罪ではないけれど、決定事項で。

 それでも、こうして抱きしめてもらっているぶん、きっと恵まれている。
 甘やかされている。
 わかっていても、腕をふりほどくことなんてできなくて。
 手にした関係を壊すことも、やっぱり彼女を傷つけるから。

 だからこの腕を離さぬままに。

 夕暮れの教室で、影は闇に溶けるまでそのままでいた。


−終−
 
 

 背景:Little Eden

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 FLで音先生に萌えた結果のもの。
 ……なのになぜ暗いのでしょう(汗
 でもFLのしおんの性格だと、すっきりしないだろうな、と。
 音先生は全然平気でしょうけれど。