あとさきの夢
「セルフィ―――!」

 その慟哭のさまは、今まで聞いたこともないものだった。
 いつも冷静で、静かで……気配すら感じないほどの彼が、血を吐くように叫んだ名前。

 彼の腕の中で時を止める、美しい女性の姿……

 ずきん、と胸が痛んだ。
 その気持ちはとても一言では尽くせるものではなくて。

 大切な女性を失った悲しみ、
 彼に対しての複雑な心境、
 これからの自分たちの行動への重責……

 オリアレスにより、ザムリア島は破滅へのカウントダウンを刻みだす。
 あれほど賑やかだったオルガの街すら、生彩を欠いてしまっている。
 どこへともなく逃げる人々、運命と諦めその日を待つもの……

 自分たち以外の誰も、この凶行を止めることはできない。
 ……けれど自分たちだとて、それが確実にできるかどうか自信は……ない。

「時間は数少ない……が、だからこそ、少し個人行動をせんか?」

 ひとけのなくなった宿屋での会議中、ルナルドが突然そう切りだした。
 突飛な意見に、全員の視線が博士に集中する。
 老人はここではない遠くを見ながら、お気にいりのパイプを吹かし、言葉を続けた。

「我々は勝たねばならん。……が、そのためにも、決心が必要なのではないか?
 やり残したことや、気がかりは……今のうちにしておくべきだろうて。
 そしてそれはワシら全員で行かないほうがいいものもある。……そうじゃろう?」

 たとえばルナルドには女性の死に関して。
 スタアには己の変化した肉体のこと。
 ドロシーは血の繋がった家族について……

 思い当たるふしがあるだけに、誰からも反論はあがらなかった。
 ルナルドは思案げな表情のマイラに目をむけた。

「どうじゃ? 嬢ちゃん」

 この一団のリーダーはマイラだ。
 年齢や性格的にはルナルドたちのほうが余程頼りになるけれど、
 それでも最終決定は彼女にゆだねられることが多い。
 それはこうして彼らが共に行動するようになったのは、彼女の行動によるからで。
 いつもまっすぐなマイラを、全員が信用しているからでもある。

 マイラは誰にも気づかれぬ程度に、そっと視線を送って……一瞬だけ目を閉じる。
 エメラルドの輝きを宿す目に真摯な色を宿して、うなずいた。

「そう……ね。
 でも長い時間は無理だから……何日くらいならいけると思う?」

 誰にともなく問いかけると、ルナルドとレオンから、三日程度は大丈夫だろう、と意見が出た。
 そこでマイラはとりあえず三日間を個人行動の時間とすることと、
 それ以上長引く場合はなんらかの方法で連絡をとること―――などを決めた。

「それじゃ三日後にねー」

 目的があるらしいドロシー、ルナルド、スタアは、挨拶のあと早々に宿をたった。
 残ったのは自分と、レオンだけ。
 客は他におらず、女将も部屋にこもりがちなので、実質二人きりのようなものだ。

「レオンは、どこかに行くの?」

 意図的に軽く問いかけると、彼はいいや、と首をふった。
 彼には、故郷などはない。
 従って行く場所などそうないことはわかっていた。

「……マイラは?」

 だがそれは彼女も同じこと。
 返された質問に、マイラはちょっと考えこんだ。
 会いたい家族だの、し残したことだのは、特にない。
 ないけれど……気になることは少しだけある。

「ちょっと、アイリンに会ってくる」

 そう呟くと、女将から居場所を訊いて、マイラは親友に会いに行った。
 彼女がいたのは、エルトワ洞。
 マイラたちによってモンスターは大分駆逐され、破壊前はちらほらとひとが入っていたらしい。
 とは言え、彼らはそう奥までは入らないので、リンカネーションはまだ発見されていないようだが。

 さして行かずに、マイラは親友の姿を発見した。
 だが、そこには予期せぬ人物もまた、立っていた。

 ……いつにまに、と正直思った。
 けれど友人の幸福を喜ばない道理はなくて、心からの笑顔で祝福した。

「こんな時だけど、……だからこそかな。
 もしも最期の時に一緒にいたいと思うから」

 恥じらいながらもそう言った友人が眩しく見えた。
 そして同時に……羨ましく思える。
 旅の間の、面白かった部分だけをいくつか伝えて、マイラはオルガの街にもどった。
 アイリンはあとで一緒に彼の家へ帰るとのことだった。

 ちょうど宿の前にくると、レオンが裏手のほうへ歩いていくのが見えた。

 どこへ行くのかと思いかけて……すぐさま思い当たる。
 ……行く場所なんて、ひとつだ。

 いくらか時間を置いてから、マイラもそちらへと進路をとる。

 宿屋の裏手、さらに奥には、街の共同墓地がある。
 セルフィはこの街の生まれではなかったけれど、この状況下で埋葬に否を唱える者もおらず、
 彼女の亡骸はここに眠っている。

 いつのまにとってきたのか、墓前にはプリフィアの花が備えてあった。
 足音も気配も消してはいないので、自分がきたことはわかっているはずだが、
 レオンは立ちつくしたまま、微動だにしない。

 近づいていいのか、それとも悪いのか、判断がつかず、
 そして胸の痛みからも、マイラはそれ以上足を進めることができなかった。

「……どうした、マイラ?」

 不意に声をかけられ、はっと前を見ると、レオンがこちらを見ていた。
 気分を害した様子もないので、少し息をつく。

「……声、かけていいのか、わからなくて」

 ひそめた声で呟くと、ああ、と得心される。
 彼女の墓をふり返ると、微かに笑みを浮かべてみせた。

「いてくれるほうが、セルフィも喜ぶだろう」

 最近、時々見せてくれる、柔らかい表情。
 他の誰も気づかないほどの些細なものだけれど、マイラはいつでも見逃さない自信があった。

 それほどまでに彼を見ている自分を認識すると、やりきれなくもなるけれど。

 だって自分は、どうしたって彼と彼女の間には入れない。
 彼が彼女を見る目は、特別で、それは自分には与えられるはずもない。

 わかりきっているのに、辛かった。
 セルフィのことを好きでいるから、余計に。
 彼女はもういないけれど、その影は今もここに残っている。

「……マイラ?」

 様子のおかしい彼女に、眉をひそめて近づいてくる。
 気遣うように伸ばされた腕を見て。

 思わず、逃げだした。

「マイラ!?」

 突然の行動に、驚愕の声があがる。
 けれどそんなことに頓着している余裕はなかった。

 とん、とんと身軽に路地を抜け、ひたすら走る。
 今は動いていない列車の停車場まで行くと、そのまま列車の後ろにまわりこんだ。
 そこから外へ出てしまえば、見とがめられることはない。
 そのあとどこへ行くかという問題はあるけれど、
 今さらのこのこもどって不審な顔で見られるのはもっと嫌だった。

 ……けれどその計画は失敗に終わる。

 彼には移動の術があることを失念していたのだ。
 目の前に一陣の風が吹いたと思った時には、眼前には漆黒の衣装に身を包んだ彼の姿。
 咄嗟のことに対応しかねた彼女の腕を、今度こそつかむ。

「……どうしたんだ、一体」

 大急ぎで術を組みあげたのだろう、少し息を乱していた。
 ……つかまれた腕が、熱い。

 どうして。
 この腕は。
 こんなに、近くにいるのに……!

「……な、んでも、ない」

 乾いた唇が告げるのは、嘘。
 けれど震える声でなにを言っても信じてもらえるはずはない。
 その証拠に腕を捕らえている手は離れるそぶりもない。

 その腕で。
 抱きしめてほしい、なんて。
 ……言えるわけがない。

 そんな資格は自分にはないのだから。
 そう思うとどうしようもなく気持ちが乱れて、言葉もなにも出てこなくて。

 ただ涙がこぼれた。

 瞬間、レオンが狼狽したのが、手の動きでわかった。
 ……それはそうだろうと、頭の隅で冷静に考える。
 いきなり走って逃げた相手を捕まえたと思ったら、泣きだしたのだから。
 けれど一度流れだしたそれは止まってくれない。
 今までためこんでいた分を吐きだすかのように、とめどなくあふれてくる。

「ご、ごめ……ん、すぐ、おさまるから……私、ちょっと、変で……」

 強引に顔をぬぐって落ちつこうとするが、ちっとも涙は引いてくれない。
 レオンのことだから、きっとものすごく困っているだろう。
 しゃくりあげながらも、彼女は慌てて言葉を紡ぐ。

「大丈夫だから、レオン、ちょっと一人にしてくれれ、ば……」

 そう言いつつ、手を離そうとしたけれど、逆方向へ引っぱられた。
 声をあげる間もなく、マイラの身体はレオンに抱きしめられる。
 ばさ、と長いマントで覆われて、泣きながら赤面するという器用な真似をする羽目に陥った。


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 初出:05/10/16 / 背景:Egg*Station