ジオラマ
 季節はそろそろ夏を迎えようというころ。
 授業放棄も遅刻も居眠りもしなくなり、
 入学当時から見れば驚くほど優等生になった水華は、
 いつものように冬星とともに教室へ入ってきた。

 身長二メートルの彼女と、百五十センチほどの彼のとりあわせは、
 在籍する学部とも相まってすっかり有名だ。
 加えてどこででも行われるどつきあいの漫才も、だが。

 無駄に広い大教室の最前列、教壇から見て右側が、彼女と冬星の席。
 反対側には春菜がすわるので、水華はそちらには近づかない。
 以前ほど険悪な仲ではないのだが、二人はどうにも「馬が合わない」らしい。
 だが教壇の前にきて、水華はきょとんと目をまたたかせた。

「やぁ、みずかくん、とうじくん」

 にこにこと、バーゲンセールでもここまではやらないんじゃないか、
 というくらい強烈な笑顔が二人を歓迎する。

 よれよれのシャツの上に、やはりくたびれた白衣。
 とどめはトイレで使用するようなゲタ。
 かぎりなくうさんくさい彼が、水華たちの講師、花水木秋俊だ。

 彼がいるのは、座席より一段高くなっている講義台の上。
 だが、そこにあるはずの講壇は横に追いやられ、一面にジオラマが広がっていた。
 横幅は二メートルほどあるだろうか、ほんの遊びですむ規模のものではない。
 準備にどれくらい時間がかかったのかはわからないが、
 何時間もこれにかかりっきりであっただろう姿を想像すると、少々滑稽に思えた。

「……なにやってんのよ、一体」

 そのため思わずすわった目になった水華の態度も、無理からぬところだろう。
 花水木の隣では、春菜が設計図らしき紙を見つつ、せっせと木を植えていた。
 この丁寧な作業を花水木一人がやったとは思えないので、
 春菜はかなりの量を協力したのだろう。

「これも授業だよ、みずかくん」

 ちっちっち、と人差し指をふられ、ますます怪訝な顔つきになる。
 そんな水華の前に出た冬星は、無言のまましゃがみこんでしばらくジオラマを眺めたあと、
 彼女のほうをむいて、いつもように淡々と、言った。

「すいか、よく見ろ」
「だからすいかって呼ぶなって……! あれ?」

 いつものノリで冬星を殴ろうと近づいて、まじまじとジオラマを見る。
 はじめた見たもののはずなのに、なぜか覚えがあった。

 広い敷地、多くの緑、真中に位置する何棟もの建物、端にあるプール、
 そして冬星が見ている視線の先にあるものは……

「……これ、学校の、模型?」
「そうらしいな」

 自信なさそうな水華の問いかけに、冬星のあっさりとした返答。
 そう思った最大の要因は、敷地の中に一軒家が建っていたことだ。
 ……それも、斜めになって。
 墜落した浮動産、花水木の家。
 こんなものが突きささっている場所は、日本各地を探しても、きっとここだけだろう。

 そう認識してみれば、なるほどよくできたこの大学のジオラマだった。
 花水木にこんな特技があるとはと思ったが、
 しかし同時になんとなく納得できてしまう。

 この得体の知れない教師は、変な絵は得意だし、
 こういうことができても不思議ではないだろう。
 水華らしい強引な論理展開だったが、
 心の中だけだったので誰もそれを指摘する者はいなかった。

「……で、これがなんの授業?」

 精巧なジオラマを見ても、水華にたいした感慨はない。
 そういった技巧への賞賛をする心など持ちあわせていないのだから。
 問われ、講師はさらに破顔してみせた。

「つまりね、じき迫った実験への予行練習というわけだよ」

 浮動産は、土地を宙に浮かせたり、重力に関係する魔法。
 勿論、相応の力が必要になるが、家を浮かすこともできる。
 もしその効果が持続すれば、解決方法のない土地問題を一気に解消できる。

 これが実現すれば、インチキだなんだと言われ、
 廃れた魔法が日の目を見るかもしれない。
 魔法に関わるものたちにとっては、少ない希望の種が、この浮動産なのだ。
 しかし希望を託すには、この花水木という男、
 実力はさておき性格的にかなり問題があるのだが……

「スケールはこの通り小さいけれどね、これが成功する最低限ラインがわかれば、
 その縮尺から実際に必要な魔力などがわかるだろう?」

 ちょいちょいと白衣の袖口からとりだしたなにかを、
 斜めになった家の玄関にとりつける。

 それは、奇妙なポーズで踊っている花水木彼そのものだった。

 言っていることはもっともでたしかな事実と根拠に基づくのだが、
 こういうおちゃらけが必ず出るので、いまひとつ信用できない。
 準備はとうに終わっていたらしく、彼は小さくいくつかの呪文を唱えた。

 ぽう、と斜めの家に光がともり、ゆっくりとそれは浮きあがった。
 建物は踊る花水木人形と共に高くたかく舞い、
 しゃがみこんだ水華の目線あたりで止まる。

「まあ、どうやって動かしているか細かい部分は当日までのお楽しみだけれど。
 とりあえずこのまま授業を開始して、終わりまで保てば期待できるかな」

 青白い光に包まれて浮く建物を見ながら、彼は笑う。
 ひどく子供じみた、無邪気な顔は、年齢をわからなくさせる。
 なにがそんなに楽しいのか、彼女にはよくわからないが。

 嬉しそうな花水木を見て、同じように喜んでいる春菜。
 原理が気になるのだろう、あちこちを眺め回している冬星。

 黒板の無数のらくがきと浮動産に関するメモを横目で見つつ、
 水華は一人、なんとはなしに疎外感を感じた。
 だが、自分はもともと魔法に興味がなかったからだろう、とすぐその感情をうち消す。
 自分が強くなることに感心はあっても、他者の技術を称える趣味はない。

 しつこくジオラマを調べる冬星の襟首を捕まえると、
 彼女はいつもの席についた。

 浮かぶジオラマを挟みつつの奇妙な授業。
 いい加減にノートをとりながら、見るともなしに眺めつつ、
 水華はじきせまった実際の実験のことを考えるともなくかんがえていた。

 ……なぜか胸の奥に、奇妙なさわぎを感じながら。


−終−
 
 
 初出:05/01/09 / 背景:背景写真補完の会

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 無料配布に入れる予定だったものです。
 その時はもう少し前で切ってネタバレを防ぐつもりでしたが。
 P数の都合で入らなくなったので、まとめてサイトにあげました。
 68同胞版でしたか、のジャケット絵を見て思いつきました。
 なんでもない(彼ら的には)日常のつもり。