憧憬幻影

「あれ、とーじ、いないと思ったら図書館にいたの?」

 図書館を出た瞬間に声をかけられ、冬星は相変わらずの無表情で声の主を見る。
 鞄を手に携えて、こちらにむかってくる人影。
 彼女にかかると、ボストンバッグですら小さく見えてしまう、と、唐突に思った。

「ああ、ちょっと読みたい本があって」

 訥々とした口調には味も素気もないが、いつものことなので水華気にしない。
 彼女は鞄を背中に背負うと、拗ねた顔で呟くように言った。

「授業が少なかったからとっとと帰ろうと思ったのに、アンタがいないんだもの。
 おかげで捜しちゃったじゃない」
「……おれがいない時は大抵図書館だと思うんだが」

 最後の授業が終わってから、もう1時間以上経過している。
 選択の余地のない法学科なので、受講している科目は彼女も自分も同じものだ。
 爆睡している彼女を起こすのも面倒だったので、無視して図書館にやってきた。
 あのあとどれだけ眠っていたかは知らないが、
 三十分くらいは自分を捜してまわったのかもしれない。
 でなければ、こんなに不機嫌であるはずもないし、
 それ以上であったなら、彼女は痺れを切らして一人で帰っているだろうから。
 冷静に判断すると、彼は鞄の中に借りた本を入れようとする。

「なに借りたの?」

 ……が、横から覗きこまれて、その手が止まった。
 興味津々な彼女に、見やすいようにと本のむきを変えてやる。

「すいかが好きなものじゃないと思うが」

 ぼそりと漏らすと、余計なことを……と目で睨まれる。
 高さの差があるために、冬星から本をとると、水華はしげしげとその本を見た。
 てっきり魔法関連の書物だと思ったのだが、
 この本はずいぶんと綺麗な装飾をされている。
 発禁処分をくらった魔法関連の本は、言ってはなんだが装飾性など無しに等しい。
 細かな飾り文字で彩られたタイトルを見て、彼女は無意識に首をかしげた。

「幻想世界の住人?……なんかやたらにメルヘンちっくな本ね」

 ぱらぱらと中をめくってみれば、
 ユニコーンにはじまり、フェアリー、ホビットなどなど……
 どこかの小説に出てきた想像上の生き物や、
 神話の生物などが細かく分類され記されているようだった。

「アンタこんなのに興味あったっけ?」

 読むのが面倒になったらしく、はい、と返される。
 今度こそそれを鞄にしまうと、冬星は彼女を見上げてうなずいた。

「ああ、少しな」

 簡潔な言葉にそれ以上追求もせず、水華は曖昧にふぅん、と漏らしただけだった。
 それよりもさっさと帰宅したいらしい彼女は、早々に足を門の方向へとむける。

「ったくアンタのせいで遅くなったわ……
 バツとしてたこ焼きおごんなさいよ」
「勝手におれを捜したのはすいかだろう」
「だーっ、もう可愛くないわねアンタはーっ」

 いつもような会話の応酬をしながら、家路を辿る。
 彼は彼女のむちゃくちゃな理屈にツッコミを入れつつも、
 頭の中ではべつのことを考えていた。

 ある意味では、水華の言葉は正しい。
 自分は、空想の動物になど、少しの興味もないのだから。

 ――空想であれば、だが。

 これら幻想の生物が、ただの想像の生き物だという確証はない。
 魔法使いが存在したはるかな過去に、もしも本当に魔術が確立されていたのなら。
 そしてそれにより、異世界への移動ができていたのなら――
 空想の動物は想像上ではないと言える。

 ――だから、自分はそれらの書物を求めているのだ。
 現状、読めるだけの魔法関連は網羅した。
 研究者が少ない分野なだけに、
 これ以上の情報を探すのが困難であることも理解している。
 最も充実しているこの大学の図書館を大体読み尽くしてしまえば、
 あとはたいしたものは残っていないのだから。

 そうなるとあとは一見魔術と関係ない分野を攻めるしかない。
 そこで目をつけたのが神話やお伽話言った「異世界もの」だった。
 誰もが夢物語と一笑に付してしまうもの。
 けれどそれが決して紙面上だけではない予測を、彼は立てていた。
 それを立証するには、まだ長い時間がかかるだろうし、
 実行できるかどうかすら怪しいけれど。

 どこの誰が、この世界を壊してまで、
 あるかないかわからない世界の扉を開きたがるだろうか?
 ――おそらくそんな物好きはごく少数だろう。
 どころかそんなことを考えるほうが、危険人物と言われてしまうに違いない。

 だから今は書物だけでいい。
 そうしてその欲求が制御しきれなくなったその時は――

 そこまで考えて、ふと隣の人物を仰ぎ見る。
 彼女は彼の深層など知らずに、いつもどおりに喋っている。

 ……それでいい、と、思った。

 ――そう、今は、こんな益体ない会話と、少しの探求心。
 それだけで満ちているから――


−終−
 
 
 初出:2004.09.20 / 背景:トリスの市場

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 ぼーっと幻想動物の本を読んでいて思いつきました。
 想像上の生物は、たしかにこの世界にはいないけれど、
 だからってまったくどこにもいない、とはかぎらない。
 もしかしれそれがかれの狙いなのかな……とか。
 でも冬星v水華は外さない自分。